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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第5章 巌窟のアルカナ
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殺した話

昼を過ぎる頃、列車は深い森林地帯に入った。陽射しが樹々の葉に遮られ、車窓から見える景色は次第に薄暗くなった。列車の汽笛が森に反響し、たまに開けた場所から差し込む木漏れ日が、一瞬だけ車内を淡く照らしては消えていく。風が変わり、湿り気を帯びた冷たい空気が窓の隙間から忍び込んできた。


車内はシンと静まり返っていた。旅の疲れ、慣れない列車の揺れ、そして先ほどの騒ぎの余韻――あらゆる疲労感が重なり、沈黙が深い重みをもたらしているようだった。その静寂は、まるで何もかもを押し込め、誰にも逃げ場を与えない圧迫感を漂わせていた。


バッシュはヴァルに問いただしたい気持ちを懸命に押さえつけていた。いや、どこから聞くべきなのか、どう切り出すべきなのか――その判断さえつかないのが正直なところだった。


ヴァルは目を閉じるように一度息をつき、車窓の外から視線を外した。


「あの男に、歳を取らないと言われたこと――それは間違ってはいない。」


バッシュはヴァルの横顔を見つめたまま言葉を飲み込んだ。その静かで冷たい語り口が、何か大きな重さを含んでいるように思えたからだ。


「かつて、私はある国に仕えていた。……仕えたと言っても、奴隷兵士に過ぎなかったがな。」


ヴァルは淡々と語り始めたが、そこにいつもの無感情な響きではなく、どこか押し殺した怒りが混じっているようだった。


「その国には、少しばかり奇妙な伝説があった。『死者を蘇らせる儀式』、あるいは『命を永らえさせる秘薬』…そんな夢物語の類だ。」


バッシュは黙って耳を傾けた。ヴァルの言葉には独特の重みがあった。


「その国の王族や貴族たちは不老の秘薬を求め、数えきれないほどの実験や儀式を繰り返していた。奴隷の私は……偶然巻き込まれたに過ぎない。」


ヴァルは静かに拳を握った。その手は微かに震えているように見えた。


「だが、その薬は未完成だった。人間の肉体がついていけない。耐えられるものなど、誰もいない。…それを理解したのは、失われた沢山の命を目の当たりにした後だった。」


ヴァルの言葉には、一瞬だけ感情が滲んだ。それは怒り、後悔、憎悪――そしてほんの僅かな哀しみだった。


「ある時」


ヴァルの声が震えた。


「その文官は、王家から許されたと言って、私の……私の大切な人をその実験に使おうとした。」


バッシュは言葉を待った。しかし、ヴァルはさらに続ける。


「私は、それを許すことができなかった。無力さに絶望していた。あの時、何もできなかった自分を責めていたから――でもその瞬間、怒りと憎しみに変わった。」


ヴァルは一度、言葉を切った。目の前でそれを思い出すのが、どうしても耐えられなかったのだろう。バッシュは静かに耳を傾けた。


「その実験が何を意味するのか、私は知っていた。だが、彼らはそれを悪魔のように繰り返し、私はそれを止められなかった。ただただ見ているしかなかったんだ。」


彼の声が低く、震えた。だが、静かな言葉の中にも強い決意が感じられた。


「だが、その時――あの男は彼女を選んだ。あの人は、私にとってかけがえのない存在だ。だから、私は耐えられなかった。あの瞬間、私の中で何かが壊れたんだ。」


ヴァルは拳を握りしめ、微かに震えた。その手を見つめるバッシュの目に、いまさらながらに理解が浮かび上がった。


「……皮肉なことに、私は彼らを悪魔だと思ったが、彼らにとっての悪魔は、私だった。」


その言葉は、ヴァルが抱える深い痛みと罪悪感を物語っていた。自分が行った行動が、彼にとっては正義であったとしても、他者から見れば暴力そのものであり、まさに「悪魔」だったのだ


「その時、私は彼らを――皆殺しにした。」


ヴァルは言葉を絞り出すように、冷徹に言った。


「その文官も、そして、彼の研究を支持した貴族たちも――全てを、壊した。」


バッシュは息を呑んだ。その言葉の重さと、ヴァルの中にまだ残る怒りと痛みを感じ取った。


「それが、私の過去だ。」


ヴァルは目を閉じると、再び車窓の外に目を向けた。その表情はどこか遠くを見つめるようで、もう過去を語りたくないのかもしれない。

語られた内容は明らかに断片的で、これ以上深く掘り下げることはできない空気が漂っていた。


その場に重い沈黙が降りた。バッシュは、ヴァルの中で何が起こったのかを想像し、その深い苦悩を感じ取った。彼がどれほどのものを背負い、どれほどの痛みを抱えてきたのか、今のヴァルにはそのすべてが、どんなに深くても消し去れないもののように思えた。


列車が力強く煙を吹き上げながら、急な勾配を登っていく。渓谷を渡る鉄橋の上から、切り立った崖とその下を流れる細い川が一望できた。車両が揺れるたび、車内の誰かが感嘆の声を漏らした。


だが、バッシュの瞳にはもう窓の外の景色に見惚れる余裕などなかった。

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