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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第5章 巌窟のアルカナ
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怒号

周囲の冷たい視線がヴァルとバッシュを圧倒する。豪華な衣服に身を包んだ乗客たちが、二人の旅装束に目を向けて、ちらりとした視線を送る。あからさまに避ける者もいれば、好奇の目を向けてくる者もいる。だが、ヴァルはそれを気にする様子もなく、ただ無言で座り続ける。


やがて声の主は痺れを切らしたようにヴァルとバッシュの座る座席まで近づいてきた。


その雰囲気を察したヴァルが少し顔を上げると、再び呼ばれた声が響いた。その声は、ただの呼びかけではなく、あまりにも大きく、周囲の注目を集めるには十分すぎるものだった。

ヴァルの目がその声の発信源を捉えた先には、冷ややかな目を向けているひと目見て上流階級と分かる身なりの男が立っていた。


「ヴァル=キュリア!!なぜお前がここにいる…!!」


その人物は、まるで自分が正当であるかのように、ヴァルをじっと見つめている。ヴァルはその眼差しに一瞬だけ、何も感じなかったように見えたが、心の中で何かが動いた。


「……旅の途中なだけだ」


君の父上には了承いただいてるはずだ、ヴァルが無表情に答えると、周囲の視線が一層鋭くなる。バッシュは少し肩をすくめるが、ヴァルの隣で黙って座り続けた。


「キサマ、2度と街には立ち寄るなと…いや…なんだ?」


男はヴァルの顔を見て、驚愕した。いや、恐れと言っても良いほどに顔を歪ませた。

男はその問いを口にしながらも、徐々にヴァルの姿に見入っていった。目を見開き、信じられないものを見るような表情を浮かべる。ヴァルの顔には、決して変わらぬ冷徹さが宿っている。だが、その顔に浮かぶ微細な感情の揺らぎを感じ取った男は、恐怖を隠せなくなった。


「キサマ…歳を…とっていないのか?」


男は再び呟いた。言葉が震え、すでにどれだけその問いが不安と混乱から来ているのかがわかる。


ヴァルは何も答えない。

ただ、無表情で男を見返す。その瞳の奥には、何百年もの時を生きてきた者の冷徹さと、過去の重荷を背負い続ける深い憂いが漂っている。男の問いに答える必要などないのだ。


ヴァルは、軽く唇を動かすと、ついに言葉を放った。


「お前…なぜあの時のままの姿で…歳を、とっていないだと!?」


その言葉は、まるで呪いのように響いた。男は何かに引き寄せられるように、ヴァルを見つめた。その視線の中に、すでに彼自身の恐怖が深く根付いていることに気づく。


そして、男は震える声で冷たく呟いた。


「ヴァル=キュリア……この悪魔め!」


恐れ、怒り、混乱。

その全てが一瞬のうちに顔を覆い尽くす。男の震える手がヴァルに向けられたが、すぐにその手は力なく下ろされる。


ヴァルが冷徹な眼差しで男を睨みつけると、その瞬間、車内の空気が一変した。男は一歩、後退り、顔に浮かぶ恐怖の色が一層濃くなった。ヴァルの目はまるで鋭い刃のように、男を切り裂くかのように鋭く突き刺さる。無言の威圧感が、周囲の空気を凝縮させ、男を一瞬で圧倒した。


バッシュはヴァルの冷徹な眼差しを見つめながら、息を呑んだ。その目の奥に浮かぶのは、単なる冷静さではない。何か、深い闇がひっそりと宿っているような気配があった。

その瞳が彼を捉えた瞬間、バッシュは感じたーーーーヴァルがかつて、自分の手で誰かの命を奪ったという事実を、確信として。


ヴァルの視線は鋭く、まるで物理的にバッシュを押しつぶすような圧力を放っていた。彼の目が動くたび、バッシュはその冷たさに心の中で震えた。その瞳に触れたとき、彼はただの仲間として見ていたヴァルが、過去にどれほどの苦しみや罪を背負ってきたのか、いや、それ以上に、ヴァルがその冷徹さを身に着けるためにどれだけの血を流したのかを、感じ取ってしまった。


バッシュは一瞬、目をそらしたくなった。しかし、それはできなかった。彼の視界に焼き付いたヴァルの目が、まるで何百人もの命を奪ったように冷徹で無慈悲に輝いているからだ。


その時、バッシュは悟った。ヴァルの目には、もはや迷いなどなかった。彼は何も感じていないように見えたが、その目の奥にあるのは、無数の過去の罪を背負った者だけが持つ、圧倒的な力だった。


そして、バッシュの胸の奥に深い冷や汗が流れ落ちた。ヴァルが人を殺したことは本当だ。

ーーーー間違いなくそれは事実だとバッシュは今、確信した。


男は、息が詰まり、目をそらしたくなる衝動に駆られるが、ヴァルの目はそれを許さない。彼の中にある恐怖が、手のひらを震わせ、足をすくませる。男の顔が青ざめ、まるで何かに取り憑かれたように硬直する。無意識のうちに後退しようとするも、足元が定まらず、ヴァルの鋭い視線がそれを許さない。


その威圧感は、ただの目線だけで相手を圧倒し、男の心を深く抉るものだ。その瞬間、男は完全に支配されたように感じ、言葉が喉に詰まって出てこない。


ヴァルはしばらくその目で男を見据え、沈黙の中で圧力をかけるように視線を強めた。男はまるでその視線に押し潰されるように、震えながらも口を開こうとしたが、ヴァルの一言がそれを封じ込めた。


「お前は勘違いをしている。」


その声は冷たく、まるで氷のように響き渡った。息を呑むような重圧を男にかけ、誰一人としてこの場から動けないように感じさせる。


「…あの儀式が暴走したのは間違いなく君の能力不足が原因だ。私はそれに対処したに過ぎない。」


ヴァルの言葉は鋭い刃のように突き刺さり、男の面目を一瞬で打ち砕いた。


男が言い返そうとしたその時、ヴァルの目がさらに鋭く光った。


「キサマ……!」


男の声が震えるが、それすらヴァルの圧倒的な存在感の前では無力だった。


「君の父上はまだ存命なのだろう?」


ヴァルは冷徹に続ける。


「悪いことは言わない。……街の安全のために早く後継者を探すべきだ。」


その言葉は、命じるように男の運命を示唆するものであった。


「キサマに何が分かる!!私が……私がこの20年をどんな思いで……!!」


その騒ぎを聞きつけた車掌が駆けつけ、男を宥めようとした。


「どうされたのですか、エリオス様!!」


車掌は慌てた様子で、名前を呼びかけながら男を落ち着かせようとするが、その手のひらを掴んだのは、男の御付きの人物らしき者だった。彼はすぐさま駆け寄ると、流石に周囲の訝しる視線に気がついたらしいエリオスと呼ばれた男は取り繕うように姿勢を正した。


「ふん……」


男は顔を歪ませ、体を硬直させたままヴァルを睨みつけていたが、やがて車掌と従者と共に別の列車へと移動した。


周囲の突き刺さるような視線の中で、バッシュは体を硬直させたまま頭の中をフル回転させていた。


(20年前と変わらない…?)


その言葉が頭の中で反響する。バッシュは目の前の男が見間違えたのではないかと考えた。しかし、すぐにその可能性を否定する。いや、そもそも最初の年齢が違っていたのではないか。その疑念も、次第に彼の心の中で膨れ上がっていく。


思い出すのは、ヴァルナのあの言葉だ。


(アレは、もはや人間ではない。いや、人間ではなくなりつつあるという方が正しいか。…いずれにせよ、気をつけることだ)


その言葉がバッシュの心に再び重く響く。あの時のヴァルナの言葉が、今のヴァルにどれほど当てはまるのか、彼の胸の奥で不安が膨れ上がっていく。

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