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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第5章 巌窟のアルカナ
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激情

その小瓶の中で煌めく液体は、あらゆる犠牲と悲鳴を引き裂き、無慈悲に抽出された魂の残滓で作り上げられていた。


飲み干せば永遠の命が約束されるというが、その代償はあまりにも深く、不可逆的であった。命を支えるその液体は、その代償に、主人に対して永遠の忠誠を誓わせ、魂の一部を永遠に縛りつける。誓いが深まるにつれて、その者は決して逃れられぬ呪縛に囚われることとなる。


ヴァルはそれを考えると、頭の中が黒く澱むような感覚に襲われた。それを振り払うかのように、強く頭を振る。まず、バッシュに説明するにはどこから始めるべきかを考え絞る良いに言葉を出した。


「以前、エルフ達の森で人を殺したことがあると言っただろう?」

「……!」

「その相手は、ある国で一つの実験をしていた」

「実験……?」

「ああ、人間が永遠に近い時間を生きるにはどうすれば良いのか」


その可能性を追い求めるために、彼らはありとあらゆる残虐な行為を繰り返していた。言葉にするのすらおぞましく、目を背けたくなるような実験だった。


「……それで、実験は成功したのか?」

「半分は成功し、半分は失敗した」


バッシュはヴァルの言葉の意図を探ろうとしたが、次第にヴァルのことが分からなくなりつつあった。何かが彼の中で変わりつつあるような、そんな気がした。


「それは、どういう意味なんだ?」

「最初に言ったとおり、その実験が成功した後にその男は、私が殺した」

「ころした…」

「ああ、それは間違いない」


ヴァルは膝の上の手をギュッと握りしめ、震える指の間から怒りと後悔が滲み出る。自分の過去が、今まさに彼を引き寄せ、縛りつけようとしているかのように感じた。


「その過程にはいろいろなことがあった。……いや、もはや言い訳だな。それで自分のした事が許されるとは思っていない」

「……驚いたけど、まぁ、アンタがそこまでの事をするのなら言えないなんかがあったんだろう」


バッシュはヴァルを庇うように言った。

その一言に気遣いを感じてヴァルは少しだけ微笑んだ。


「死んだモルディナ司祭の持っていたグラスの薬は…私があの男の実験室でみた試薬品を元に作られているのかもしれない」


ヴァルはあの男が一度だけ戯れに見せた実験を思い出していた。男が小瓶の液体を瀕死の奴隷に飲ませると、奴隷はまるで死から蘇るかのように息を吹き返した。しかし、男が無慈悲に命じると、奴隷は自らの首を手で捻り折り、あっけなく命を絶った。生き返った命が、また無惨に断たれた瞬間、その実験の恐ろしさと冷徹さがヴァルの心に焼き付いた。


あの時、男の戯れが自分に向けられていれば、死んでいたのはヴァルだった。自分の命が、あの男の手の中で操られるという不快な感覚を、ヴァルは今でもはっきりと思い出す。


――しかし、今思えば、あそこで死んでいたほうが、むしろ幸福だったのかもしれない。


危険な考えがヴァルの中で膨れ上がり、止めることができない。どうしてもその思いが消えず、心に巣食い続けていた。


「じゃあなにか、ヴァルが殺した男が実は生きていて、モルディナ司祭を誑かして怪しい液体を持ち込ませたっていうのか?」


ヴァルの言葉に、バッシュは少し驚きながらも、すぐに首を横に振った。


「そうではあって欲しくないが…」

「いやいやいや!そもそも死んだ人間が生き返るわけないだろう?」


バッシュは声をあげて笑いながら、手を軽く振った。


「そんなことあり得ないだろ!あんた、きっと仕事のしすぎでおかしくなっちまったんだ!」


死んだ人間が生き返るわけない。


そうだ。

だからアナスタシアはずっと冷たい氷の中にいるのだ。


そうでなくては彼女の亡骸は、魑魅魍魎のケガレ共に喰われてしまうだろう。あの巨大過ぎる力に誘われるように。


バッシュの言うとおり、考えすぎなのかもしれない。そうかもな。ヴァルはほんの少しだけ、目を閉じて、溢れるように漏らした。


「ちなみにソイツの名前はなんていうんだ?」

「名前?」

「だから、その危ないクスリを作った男の名前だよ。」


バッシュは少し呆れたように、けれど無遠慮に言った。


「殺したやつの名前ぐらい覚えているだろう?」


ヴァルは考えた。人の名前を覚えるのは昔から得意ではなかった。というよりも、興味がないというほうが正しかった。


目をギュッと閉じ、奥底の記憶を辿ろうとするが、思い出せるのはどうしてもその男の顔だけだ。


「いや、マジか。ひどいなお前。どう殺したのか知らんけど、せめて名前くらい覚えておいてやれよ…」


バッシュが軽口を言おうとした、その時。


「ヴァル=キュリア……!!」


座席の後ろから、突如として野太い男の声が響き渡り、ヴァルは思わず振り返った。


その声に、親愛の情は微塵も感じられなかった。混じっていたのは、憎悪と嫌悪ーーーーそして抑えきれない激しい嫉妬。


その全てが、ヴァルの耳に痛いほどに突き刺さった。

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