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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第4章 波間の約束
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永遠を拒絶する者に死の救済を

「モルディナぁ!」


アーク司祭が絶叫した。しかし、衛兵はすぐにアーク司祭の方を向き直り、不気味な笑みを浮かべた。その笑みには、もはや人間らしさなど微塵も感じられない。冷徹で、歪んだ狂気が滲んでいた。


狙いをアーク司祭に変えた衛兵は、まるで獲物を追い詰めるかのように、無駄な動きなく素早く動き出した。その足音が空気を震わせ、近づくにつれて冷たい汗がアークの額に滲み出す。


「逃げろ、バカ!狙いはお前だ!」


バッシュの叫びが響き渡るが、衛兵はその言葉にも動じることなく、アーク司祭に向かって突進する。その目には獲物を捕らえる恐ろしい光が宿っていた。


その瞬間、モルディナが一歩前に出た。彼はまるで何かに導かれるかのように、アーク司祭を庇うように動いた。


「モルディナ…!」


アーク司祭が叫んだが、もう遅い。

モルディナの体が、衛兵の鋭い剣を迎え撃つ。その刃が彼の胸に深く突き刺さり、血が噴き出す。モルディナの顔に苦しみの表情が浮かぶが、目の奥には揺るぎない決意が宿っていた。


「逃げろ…アーク…」


モルディナは吐血しながらも、最後の力を振り絞り、アーク司祭に向かって強く言い放つ。


アーク司祭はその言葉に驚き、足が止まる。

モルディナが倒れると同時に、衛兵の冷徹な笑みが広がり、周囲の空気がさらに張り詰めた。


「なんてことを…」


モルディナが倒れ、血が静かに床を染めていく中、衛兵はゆっくりとその視線をアーク司祭に向けた。その動きは、まるで時間を引き延ばすかのように遅く、しかし一歩一歩着実に迫ってくる。


血の匂いが辺りに広がり、冷徹な笑みを浮かべた衛兵が、その手に握る剣をアーク司祭に向けてじわりじわりと突き出す。その鋭い刃先が、まるでアーク司祭の命を求めるように、じりじりと迫ってくる。


「…えいえんをきょぜつするおろかものにしのすくいを…」


衛兵の声は冷たく、空気を切り裂くような響きがあった。


アーク司祭は身じろぎもせず、その場に立ち尽くす。彼の顔には、恐怖が浮かんでいるわけでも、絶望が見えているわけでもなかった。ただ、無表情に衛兵の動きに注視しているだけだった。


衛兵がアーク司祭に剣を突き立てようとしたその瞬間、突然、腕が切り落とされた。鮮血が飛び散り、衛兵は驚きの表情を浮かべながら、宙に伸ばしていた腕を失って地面に崩れ落ちた。


「…遅かった、じゃないか」


その背後には、いつの間にかミレーユが立っていた。剣を抜き、冷徹な視線を衛兵に向けている。彼の動きは一切の無駄を省き、まるで空気のように静かだった。


「人を裁くつもりなら…覚悟を忘れるな」


ミレーユの声は低く、静かな怒りを込めた一言だった。アーク司祭に振り返りもせず、彼は衛兵に向けてもう一歩踏み込む。衛兵は未だに腕を失ったまま、痛みと驚きで動けずにいた。


衛兵の腕が切り落とされ、鮮血が空中を舞った。その血しぶきの一部がアーク司祭の顔にかかる。アーク司祭は目を見開き、顔をゆっくりと上げて血のついた手で拭おうとするが、すぐに気づいて顔をしかめた。その瞬間、背後からミレーユの声が聞こえる。


「貴方の人使いが荒いからですよ。」


ミレーユは無表情のまま、アーク司祭に手を差し出してきた。アーク司祭は一瞬、顔にかかった血を見てから、思わず顔を上げ、ミレーユの無表情な顔を見つめた。その冷徹な表情に、アークは緊張の糸がほぐれたように安堵した。


「ありがたいが、もう少し…なんとか出来ただろう?」


アーク司祭は少し困った顔でミレーユの手を取ろうとしたが、その様子を見てミレーユは「ほら、早く拭いてあげますから」と、少しだけ優しげに言った。アーク司祭はその言葉に軽く息を吐き、手を差し出された。


ミレーユは何事もなかったかのようにアーク司祭の顔を拭う。血のついた顔を見つめながら、彼の表情にはほんの少しの照れ臭そうに手を取った。


「…すまない。ミレーユ」


ミレーユは何も言わずに、ただ小さく頷いた。


◇◆◇◆


モルディナは、力尽きたようにそのまま地面に倒れ込んだ。血が静かに広がり、彼の顔にわずかな苦悶の色が浮かんでいる。その目はかすかに開かれ、何かを見ようとしているかのように動いていた。


呼吸が荒くなり、胸が上下する度に血が漏れ出す。薄れゆく意識の中で、彼の頭の中には、過ぎ去った日々が浮かんでは消えていった。すぐに自分の過ちを思い出す。


「…あれが…あの時…」


彼の目の前に広がるのは、かつての決断、あの日の選択だった。彼はいつも冷静を装い、何もかもを計算してきた。

しかし、あの時、あの決断が、すべての始まりだった。あの一歩が、何もかもを狂わせたのだ。


「私は…どうしてこんなことを…」


血を吐き、息が続かなくなる中、モルディナは己の過ちを繰り返し思い返す。


「モルディナ…!」


アーク司祭の声が、無情にも静寂の中に響く。しかし、モルディナは既に目の前で意識が遠くなっていくのを感じながら、うっすらとその顔を覗いた。


「教えてくれ!あれは…お前が持っていたアレはなんなんだ!?」


アーク司祭はすがるようにその問いを投げかける。焦燥感が声に滲み、何度もその問いを繰り返す。しかし、モルディナはかすかな微笑みを浮かべ、静かな口調で語り始めた。


「…ある時、私が祈りを終えると後ろに少年が立っていた。」


モルディナの言葉は途切れがちで、息をする度に苦しげに顔をしかめた。だが、アーク司祭はその一言一言を逃すまいと、必死に耳を澄ませる。


「これを老師に飲ませよ。そうすれば老師には永遠が与えられる…私は最初、夢かと思ったんだ…」


モルディナの言葉は過去を振り返るように、ひときわ遠くを見つめるような目をしていた。その瞳の奥には、長い年月を経た思い出が揺れていた。


「しかし現実に手の中にある瓶を死にゆく小鳥に与えた。すると、どうだろう。小鳥は息を吹き返し、飛び立ったのだ…!神明の奇跡だ…!」


アーク司祭はその言葉を胸に受け止めながら、次第にその背筋を冷たい恐怖が走るのを感じていた。モルディナの話すその「奇跡」が、何を意味するのかを理解し始めると、血の気が引く思いがした。


その場にいる一同は無言で顔を見合わせ、誰もが言葉を失った。死にかけたモルディナの言葉が響く中、目の前で繰り広げられた異常な光景を思い出さずにはいられなかった。


ヴァルは衛兵に突き飛ばされたその瞬間、壁に向かって激しく体を投げ出された。だが、その衝撃は予想以上に凄まじく、彼が壁にぶつかると同時に、壁は文字通り崩れ落ち、大きな穴が開いたのだ。


「…あんなの、人間の力じゃないぞ…」


バッシュがその光景を見つめる。その穴の大きさと、崩れた石の破片が散らばる様子からは、まるで巨人が一撃を加えたかのようであった。


「……」


ヴァル自身もわずかに驚きの表情を浮かべ、壁の破片のついたマントを払いながら少しだけ息を整えた。


人間の力ではない。

それは明らかだった。


衛兵が見せた、明らかに人間の肉体を超えた異常な動き。あれが神の奇跡だと言えるはずもなかった。むしろ、それは神の奇跡とは名ばかりの、もっと不気味で、恐ろしい何かの影響を受けた結果であることは明らかだった。


「…あれが、奇跡?」


ミレーユが声を低くして呟いた。その瞳には、疑念と恐怖が交錯している。


「いや、奇跡どころか、何かもっとヤバそうなもんが…」


バッシュも続けてそう言ったが、その声には震えが含まれていた。衛兵が見せた動きの異常さは、単なる筋力の増強では説明できない。彼が何かを食らってしまったような、あるいは、何かに取り憑かれたような気配が漂っていた。


アーク司祭は、モルディナの最後の言葉を反芻しながら、深い思索に沈んでいた。


「もしあの液体が、…モルディナの言う『永遠』の力を与えていたとしても、それは単なる呪いか…悪しき力の影響に過ぎない。」


彼の目の前に広がるのは、確かに「奇跡」とは言い難い、恐ろしい事実だった。そして、その事実を知ることができたとしても、もはや後戻りはできないことを、全員が感じ取っていた。


「お前にはなにも分かるまい…」


モルディナが息も絶え絶えに、顔を歪めながら呟く。その言葉には、痛みと後悔が交錯している。


「普通の家庭に生まれて、育ち…あまつさえ老師様の親愛さえも注がれたお前には…」


アーク司祭は無言でその言葉を受け止め、目を閉じて深く息を吸った。彼の顔には疲れが浮かび、今にも崩れそうなモルディナに対して、何とも言えぬ表情を浮かべている。


「…なら、どうして私を庇ったのですか?」


モルディナは、ほとんど動けない状態でかすかな笑みを浮かべる。その目は、かつての誇り高き姿を少しだけ覗かせている。


「…想像に任せよう…」


その最後の言葉を残して、モルディナは息絶える。アーク司祭はその瞬間、彼がどれだけ苦しみ、葛藤していたのかを痛いほど理解することができた。しかし、それでも言葉が出ない。彼はただ、モルディナの静かな死を見つめるしかなかった。


モルディナの体が静かに床に横たわり、その手は今や冷たく、力なく垂れ下がっている。アーク司祭は深い溜息をつき、震える手でモルディナの顔を覆おうとするが、そこにたどり着く前に、ふと立ち止まる。


「…貴方になんと言われようと、私は貴方を尊敬していましたよ…師兄…」


その言葉はモルディナには届かない。アーク司祭はそのまま目を閉じ、しばらくの間、沈黙の中に佇んだ。

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