最期の時を迎えて
突然の乱入者に、一同は唖然とした。ヴァルが現れたことで、静寂と緊張が一瞬で崩れ去る。衛兵たちは目の前の光景に固まったまま、ただ呆然と彼を見つめていた。
どこからこいつは現れたんだ?衛兵たちは思考を奪われた。普通に考えるならば、鏡の中から人間が現れるなど、思いも及ばないだろう。
「な…なんだ?」
衛兵たちがその場で足を止め、ただひたすらにその光景に圧倒される中、バッシュとアーク司祭はすぐさまその隙をついて動き出す。バッシュはすばやく身を翻し、アーク司祭を引っ張って衛兵たちの間をすり抜ける。
「ぐずぐずすんなノロマ司祭!行け、今のうちだ!」
「それが神職につくものへ向ける言葉ですか…!」
「状況が把握できないが…」
ヴァルが睨みつけた瞬間、衛兵たちの間に怯えてと狼狽えが支配した。次の瞬間にはヴァルが動き出す。
ヴァルはあっという間に近くの衛兵に接近した。彼の動きはまるで風のように速く、衛兵が構えた剣を一瞬でかわし、その手から力強く引き抜いた。鋭い眼差しで衛兵の顔を見据えると、空気を切るかのように軽やかに、だが確実に衛兵の手から武器を奪っていった。
「邪魔だ。怪我をしたくなければ下がっていろ。」
ヴァルは冷徹な声で衛兵たちを一蹴し、そのまま次の相手に向かって駆け寄った。すべての動作が計算されたもので、武器を奪うその手際は圧倒的だった。
ヴァルは素早く捌き、あらゆる武器を奪い取る。その冷徹な眼差しの奥には、無駄な感情が一切宿っていない。彼の動きには迷いも、躊躇も見当たらなかった。目の前の敵を片手でいなすようにし、素早く制圧していく。その姿は、まるで獲物を狩る獣のようだった。
「アーク司祭…またなにかバッシュを巻き込んだのか?」
「巻き込んだというか、手伝ってもらったのですよ。あくまで自主的に」
「じ…どこがだ!このアル中生臭坊主!」
バッシュの抗議はアーク司祭の右耳から左耳に抜け出ていった。
ヴァルの言葉が、暗い部屋の中で冷たく響き渡る。
「その自主的な用件とやらを早急にけりをつけてくれないか。…これ以上、衛兵が集まる前に」
ヴァルの言葉に後押しされたアーク司祭はモルディナの強引な行動に再び立ち向かうように踏み込んだ。その目は優しさと悲しみに満ちていた。
「いやぁ本当に申し訳ない」と、彼は静かに口にした。だが、その口調に嘲笑の色はない。逆に、モルディナの行動に対する深い痛みと理解を感じさせるものだった。
「友人たちもこう言っている。モルディナ、もうやめよう。」
彼は一歩、モルディナに近づくと、その目に真剣さが宿った。
「師兄、貴方のそんな姿は見たくない。」
モルディナはその言葉に一瞬だけ立ち止まるが、手元のグラスを強引に老人の口元に押しつけようとした。
その強い意志は、今や全てを賭けたものだった。だが、老人はその手を力強く握りしめ、グラスを押し返すことなく、静かに諭すような表情を浮かべた。
モルディナの腕がふるえ、言葉が喉元で詰また。老人の目は、どこか穏やかで、けれどしっかりとした決意を感じさせる。言葉は発しない。ただ、静かなその目が全てを物語っていた。
モルディナはようやく、その目の中に自分のしていることの愚かさを認識したのか、グラスを下ろし、震えながら手を放す。そのまま、ため息とともに顔を背ける。
「ぐっ…」
その声は、あまりにも切なげに響いた。モルディナは目を閉じ、堪えきれずに涙がこぼれそうになったが、どうにかそれをこらえた。
ベッドに横たわる老人は、モルディナの頭が低く垂れるのを見て、静かにその手を伸ばした。優しく、けれど確かな手のひらで、彼の髪を撫でる。その手のひらは温かく、何か言葉を掛けるわけでもなく、ただひたすらに優しさを伝えていた。
モルディナはその優しさに顔を埋め、しばらく動くことができなかった。無言の慰めに包まれるように、涙をこらえ、ただじっとしていた。
その手が静かに離れると、老人は片方の手を空いている空間に伸ばし、アーク司祭を静かに呼び寄せた。アーク司祭がそっと近づくと、老人は彼の背中をやさしく、けれどしっかりと抱きしめた。その腕の中には、言葉を超えた何かがあった。
アーク司祭はその手のひらを感じ、ただ静かに受け入れるしかなかった。涙を堪えるように、息を飲み込むだけだった。




