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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第4章 波間の約束
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今日という日が永遠でありますように

燃え盛る炎が、塔の部屋全体を覆い尽くす。ルカの体に宿るヴァルナは、炎の中でまるで溶け込むように佇んでいた。その体からは、かすかな輝きが漏れ、炎と共に揺らめく。


(これで…よかったのだろうか)


ヴァルナは自問するように呟く。自分が宿ったことで、ルカの肉体は穢れた。だが、その穢れた命もまた、この瞬間に役割を果たそうとしている。それが彼らの「終わり」だと知っていた。


ふと、目の前に幻影が浮かび上がる。それはかつてのルカだった。静かで穏やかな表情を持つ姿。その幻影は、炎に包まれる中でも鮮やかで、どこか現実のような温もりを感じさせる。


幻影のルカがふっと微笑む。その笑顔は、ヴァルナを責めるものではなく、すべてを受け入れるかのような穏やかさに満ちていた。


(ありがとう…そして、さようなら)


ヴァルナの声が震える。幻影のルカは何も言わず、ただその優しい笑顔のまま頷き、ゆっくりと光の中へ溶け込んでいく。


その瞬間、ルカの体は炎に完全に包まれ、ヴァルナの意識は静かに途絶えた。炎の中に残ったのは、虚空へと消えゆく穢れの残滓と、確かにここに存在していた者たちの「終わり」だけだった。



◇◆◇◆



マナテラ巌窟街ーーーそこは目の前に広がるのは洞窟を利用した街並みだった。岩肌を削った道は急な坂や曲がり角が多く、まるで迷路のように入り組んでいる。天井から漏れるわずかな光が、石壁に反射して街を照らしていた。


そこを息を切らし、息絶え絶えの小男がいた。足元の岩に足を取られながら、階段を一段一段登る度に「またかよ、この坂!坂!坂ばかりッ!」とブツブツ文句を言い、途中で足がもつれて転びそうになっては「くそっ!」と舌打ちをしている。


小男の後ろを歩く大柄な男は前を行く小男とは異なり余裕の動作で、まるで散歩でもしているかのようにゆっくりと歩いていた。2人の男は旅装束を来ているが大柄の男は、目深にかぶったぼろぼろのマントで顔を隠していた。そのマントは所々破れており、風に揺れるたびにかすかに音を立てる。顔の表情は見えず、ただそのシルエットだけが印象的だった。


その時、男の足元にふちのひしゃげた手鏡がぽつりと落ちているのを見つける。大男は足を止め、少し不思議そうにそれを拾い上げる。その手鏡の破損具合にも関わらず、なんとも言えない美しさに見とれた男は、目を輝かせる。


そしてそれをあまりにも自然にポケットにそっとそれをしまい込んだ。前を行く小男の方はまるで気づくことなく、ただ一歩一歩重い足取りで進んでいた。


小男と大男はようやく目的の店に辿り着いた。坂道と階段の連続でくたびれた小男は、大男のほうをちらりと見上げると、ため息をつく。


「おいおい、お前ももう大きいんだから少しは見た目を気にしろよ」とぶつぶつ言いながら、小男は大男のぼろぼろのマントをつかんで軽く埃を払い始めた。


「ほら、立ってろって。いや、動くな!」


小男が手際よくマントを整えている間も、大男はぼんやりと空を見上げているだけで、まるで他人事のようだ。


「おまえみたいな見てくれでも、これくらい綺麗にしとかねえと……」


フードの角度も整え、襟元に付いた何かの食べかすらしきものを取ってやると、ようやく小男は満足げに頷いた。


「よし、これで何とか見れる顔だな。いい男だぞう!」


大男は何が面白いのか「フンフン」と笑いながら立っているだけだが、小男の手間には全く気付いていない様子だ。


身なりを整えた二人は、ひとまず扉を押して店の中へと入った。カウンター越しに立つ白髪の品の良さそうな老人が、待ちかねたようにこちらを見つめている。


「ニズルと、それにブルートも来たか」


店主の声は見た目とは正反対に若々しく、まるで老人の姿を借りた少年のようだった。小男のニズルと大男のブルートはすでに慣れているのか、意にも介さずにカウンターに荷物を置いた。


「遅くなって申し訳ありません。色々とその、手違いがあったものでしたから…」

「いや、来てくれてホッとしたよ」

「こちらがご注文のものと…」


ブルートは大きな背中を少し丸め、荷物を背負ったまましゃがみ込んだ。重い木箱をゆっくりと下ろし、ニズルがその箱をゴソゴソと漁り始める。乾いた紙や革が擦れる音が響き、次々に取り出される小さな木箱の数々がカウンターの上に並べられていった。


ブルートは後ろでキョロキョロと辺りを見回しながら待っていた。気配を敏感に感じ取るのか、何かに反応する度に一瞬立ち止まり、無駄に力を入れていない手足が自然に動く。


「ブルートの調子はどうかな?」

「えぇ、最近は腕も足も調子が良いようで、ちゃんとくっついて動いてくれています」

「そうか。またなにかあったら気兼ねなく言ってくれたまえ。…救済はいつも求めるものに与えられる」

「はっはぁぁありがとうございます…ありがとうございます。オレらぁ下賤の人間には勿体無いお言葉です」


小男は少々丁寧すぎるほどに感謝の言葉を述べ、木箱をカウンターに並べ始めたが、そこで店の出入り口扉にかけられたドアベルが鳴り響いた。扉は開くためにあるものだ。しかし、その音は、招かざる客が現れたことを告げる合図に過ぎなかった。


「…すみません」


お取り込み中でしたか?と、招かざる客が尋ねた。


ニズルはぎろりと開かれた扉の方を睨みつけ、店主もまた一見穏やかな表情を装いながら、メガネの奥から客を値踏みする冷たい視線を送る。一方で、ブルートは状況を理解していないのか、手元ばかり気にして何度もその大きな手の中をちらちらと覗き込んでいた。


薄暗い店内の照明が、訪問客の顔を徐々に照らし出す。その瞬間、ニズルが目を見開き、指を突きつけて叫んだ。


「あーっ!」


ニズルの声が怒りに震えた。


「お前はあの時の…!」


指を突きつけたまま、彼は続ける。


「そうだ、覚えてるぞ。あの森で出会った…!」


ニズルは忌々しそうに唾を吐いた。


「あの時の金を取り返しにでも来たのか!?ふざけやがって!」


彼の激昂した言葉に、店の空気がさらに張り詰める。店主の表情は穏やかでことの成り行きを見守っていた。


ヴァルは一歩も動かず、冷たい視線でニズルを見据える。


「誤解だ。私は、あんたたちに金を返せなんて言うつもりはない」

「じゃあ何しに来た!? またトラブルを起こす気か!」


ニズルの怒号に、ヴァルは静かに息をつく。そして低く静かな声で言った。


「消えた友人を探しているんだ」


その言葉に、一瞬だけ空気が静まり返る。ニズルの顔には疑念と不快感が入り混じり、店主の視線がヴァルを計るように細められる。

一方で、ブルートはようやく手元から顔を上げ、ヴァルを見つめていた。


「友人…?」


ニズルが忌々しそうに呟く。


「そんなの俺たちの知ったことじゃねえ!」


すると、ヴァルの手首がふいに淡い光を帯びた。光は細い銀の糸となって螺旋を描きながら宙を漂い、大男ブルートの手の中に吸い込まれて消える。店主の目が一瞬だけ鋭く光ったが、その後すぐに柔和な表情に戻った。


「これは……契約魔法ですな?」


白髪の店主が低い声でつぶやく。その声には微かな驚きと興味が混じっているように聞こえたが、同時にどこか計算された冷静さがあった。


「ええ、この街に来た時、友人と交わしたものです」


ヴァルは軽く頷きながら言葉を選ぶように答えた。


「なるほど、契約には強い意志が必要ですからな。それに……興味深い魔力の流れです」


店主の視線が一瞬だけヴァルの手首に戻る。その目は年齢に似合わないほど鋭く、底知れぬ深みを感じさせた。しかし次の瞬間には、また年老いた店主らしい穏やかな笑みを浮かべた。


「ブルート、手の中を見せてみなさい」


ブルートは眉をひそめて抵抗の態度を示したが、隣のニズルが「さっさとしろ!」と声を上げると、ぶつぶつ文句を言いながら渋々手を差し出した。

「ほらよ!」と乱暴にヴァルの方へ投げてよこす。


鏡を受け取ったヴァルは一瞬だけ店主の顔を伺ったが、その穏やかな微笑み以外に何も感じ取ることはできなかった。


「これは……鏡?」


ヴァルは見覚えのない手鏡を手に取り、店の明かりに翳してその表面をよく見つめた。鏡の面は驚くほど滑らかだった。しかし、その縁は歪み、まるで時間に引き裂かれたように不自然に曲がっていた。その歪みが、鏡全体に違和感を与えている。


「……」


しばらく鏡を眺めながら、ヴァルは深く考え込んだ。こんなに歪んでいるのに、どうして鏡が割れずに済んだのだろう?その不思議な状態に、ただならぬ何かを感じていた。


「私はしがない商人で、魔法のことなどにはとんと疎いものですから、よく分かりませんが…それはご友人の落とし物でいらっしゃるのかな?」


店主が穏やかに尋ねる。


「…そう、ですね。」


ヴァルは少し迷いながら答える。しかし、目はまだ鏡を捉えたまま、心の中で何かが引っかかっていた。契約魔法を示す銀の糸が、鏡の方へと誘導している。

これは、ただの落し物ではない。


「お仕事中に、ありがとうございました」


ヴァルは鏡を慎重に抱きながら店主に礼を言った。だが、心の中で解けない疑問がまだ残っていた。

 

「あの、すみません。失礼ですが、どちらかでお会いしたことはありませんでしたか?」


ヴァルは老店主に尋ねた。店主は一瞬、驚愕の表情を浮かべたが、すぐに柔和な笑みを浮かべた。


「いえ…どうでしょうか。長年この店でさまざまなお客様を相手にしておりますので、記憶が曖昧なものでして。」


店主は軽く肩をすくめて、少し照れたように微笑んだ。


「そうですか…」


ヴァルは答えながら、心の中で少しだけ違和感を覚えていた。それが何かはわからない。ただ、目の前のこの店主に、何かしらの“馴染み”を感じていたのだ。


「お知り合いの方に似ていましたか?」


店主の言葉にヴァルはしばらく考え込み、頭の中で何かを引き寄せようとした。だが、その顔がふっと浮かんだ瞬間、彼の心臓が小さく跳ね上がる。


(いや…まさか。)


一瞬、あの時の記憶がよぎった。あの男の、冷徹な目、そして――ヴァルはその思考をすぐに打ち消した。


「ええ…ずいぶんと昔のことですが…歳を重ねたらおそらくあなたのような雰囲気になったのだろうなと思います。」


その言葉に、店主は一瞬驚いたように目を見開き、ほんのわずかにその表情を引き締めた。だが、すぐにそれを隠すように、柔らかく微笑んだ。その笑顔には、どこか計り知れないものが込められているようにも感じられたが、ヴァルはそれに気づくことなく、視線をそらして手鏡を握りしめた。


手鏡は、その歪んだ縁に触れるたび、ヴァルの指の間でかすかな冷気を発しているように感じられる。あの紋様――教団のマークが刻まれていることを再確認しながら、彼はそれを強く握りしめた。その手に伝わる感触が、胸の中の何かを刺激するようだった。


店主はその微妙な変化に気づいたのだろうか。表情にわずかな陰りを浮かべつつも、再び穏やかな声で言った。


「そうですか。旧友は心の薬と言いますから貴方の心に少しで安らぎがもたらされたなら幸いです。…どうぞ、お気をつけて。」


ヴァルは静かにうなずき、足早に店を後にした。扉が閉まる音が、静かな店内に響いた。


静まり返る店内に、やがて低く響く笑い声が溢れた。


「フフフフッ…」


その声はやがて子供声色に代わりに、無気味さを感じさせた。ニズルは一瞬、表情を固まらせ、そして次第に怯えたような眼差しで店主を見守った。何か予感がしたのか、それとも単に老人の声から子供の声に変わるその異常さに圧倒されたのか。


「いや、クククク…っ。すまないね。ニズル、ブルート。君たちは思いがけず最高の仕事をしてくれたよ」


店主の声には、何か不気味な余韻が残っている。その言葉に、ニズルは困惑しながらも、無理に愛想笑いを浮かべた。「ひひ…」と口を開いたが、その笑い声にはどこかぎこちなさがあった。


店主はやがて棚から一本のボトルを取り出すと、何も言わずに二つのグラスに注いだ。その液体は、不気味な色合いをしており、まるで底知れぬ深さを持っているかのように、ぼんやりと光を反射していた。


「まさか、彼を、ヴァル=キャリアを連れて来るとはな…」


店主はその不気味な色をじっと見つめるように言いながら、グラスを手に取った。


「祝杯をあげよう。ニズル」

「え?」

「私の奢りだよ。飲みたまえ」


ニズルは一瞬グラスを見つめた。

黒とも紫ともつかない濁った液体が、相変わらず不気味に輝いている。その得体の知れなさに、心の奥底で何かがざわついた。


「これ…」


グラスの中には、黒とも紫ともつかない濁った色合いの液体が揺れていた。僅かに浮かぶ虹色の油膜が、暗がりの中で不気味な光を放つ。液面に近づくと、鼻腔を刺す鋭い香りが漂い、熟した果実の甘さに混じって、どこか薬草じみた苦い匂いが鼻を突いた。


「“救済”に従うこと。それが君たち兄弟に残された唯一の道だ」


液体は、粘性が高いのかグラスの内側にねっとりと張り付き、飲み口へ滑り落ちるのに時間がかかる。その様子を目で追っているだけで、得体の知れない不安感が胸を締めつけるようだった。


ニズルはそれでも言葉に促されるまま、そっと口をつけた。唇に触れた瞬間、液体は意外なほど冷たく、それでいて舌の上でじんわりと広がる熱を感じさせた。滑らかさと同時に、何か粒子めいたざらつきが喉奥に残り、飲み込むたびに奇妙な心地よさと、微かな恐怖が体を駆け巡る。彼は無意識に唾を飲み込んだ。


「限りある美しい今日という日が永遠となりますよに。乾杯」


店主は機嫌の良さそうな顔でニズルと同じようにグラスを傾けた。

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