なだらかな崖の上で
海に立つ塔が見え始めた。しかし、あと少しというところで、船が急にガクンと揺れた。ポトロが手元で確認すると、エンジンが突然停止したのだ。
「…動かない。」
ポトロはすぐにレバーを引いたり、ペダルを踏んだりしたが、船は動かない。車輪が泥に深く食い込み、すぐにその場で止まってしまった。
「くそ…!」
ポトロは焦りながらも冷静さを保とうとした。予備エンジンのレバーを手探りで引き、少しずつ船を動かす力を得ると、ようやく車輪がわずかに動き始めた。しかし、動きは非常に鈍かった。
「よし、少しは進むか…」
ポトロは苦しげに言葉を漏らすが、まだ完全に安心できるわけではない。予備エンジンだけでは、この先の道を切り開くには力不足だった。
後ろからバッシュの声が響いた。
「…どうするんだ、ポトロ?」
ポトロは肩をすくめながらも、力強く言った。
「後ろから押して…少しでも前に進めてみましょう」
その言葉に応えるように、バッシュとポトロは船から飛び降り、泥の中で足を取られながら船の後ろへと回り込んだ。操縦席の男はそのまま座り込み、動くことなく二人を見守るような視線を向ける。
「頼む…動いてくれ…!」
バッシュがポトロに言うと、二人は必死に船を押し始めた。重い船体を支える頼りない車輪が小石に引っかかってなかなか動かないが、二人は協力し合い、力を振り絞った。
「よっ!」
「おおっ!」
バッシュとポトロの体がぶつかり合い、やっと車輪が小石から抜け出し、船がゆっくりと前進し始める。ポトロは再び操縦席に戻り、少しでもエンジンを動かすためにレバーを引き、舵を取った。
「行ける!」
男は動かないままだが、その無言の視線がポトロたちに伝わってくるようだった。バッシュとポトロは力を合わせ、必死に船を前に進めて行った。
◇◆◇◆
夜の海は静まり返り、無風の空気が漂っていた。波の音さえも遠くに感じられ、まるで時間が止まったかのように静寂が支配していた。空は濃い藍色に染まり、星々は雲に覆われて見えない。暗闇がすべてを包み込んでおり、ただ冷たい海面が目の前に広がっている。
その不安をさらに深めるように、海の上にひときわ異様なものが立っていた。それは、巨大な塔だった。塔のシルエットは夜空に溶け込むように浮かび上がり、どこか歪んで見えた。上層は高く、あまりにも圧倒的に見え、波が塔の基部に打ち寄せる音だけが響くが、その音も塔には届くことなく、虚しく消えていった。
塔の表面は粗削りで、石材がいくつも重ねられているが、まるで異常に古びており、長い年月にわたって誰にも手を加えられなかったかのようだ。塔の上部に開かれた大きな窓は無数にあり、何かが中からこちらを見つめているかのように感じるが、実際にはその窓からはただの闇が広がっているだけだった。
周囲の静けさと相まって、その塔は不気味さそのものであった。まるで異世界の入り口のように立ち、周囲の空気を一変させているかのようだ。無風の中で、塔の存在だけが圧倒的な力を持っているように思えた。夜の闇がその塔に吸い込まれていくような錯覚に陥り、近づく者を拒絶するかのような威圧感が漂っていた。
ようやく空飛ぶ船は、なだらかな崖に向かって順調に進んでいた。船体はようやく安定し、風を切る音が耳に心地よく響く。広がる暗い海を背にして、ほんの少しだけ安心感が広がる。
しかし、その安心も束の間、後ろから怒鳴り声が響いてきた。
「おい!お前ら!止まれ!逃げるな!」
憲兵たちの怒声が闇の中に響き渡る。船の後ろ、遠くからでも伝わるその威圧感は、まるで嵐のように近づいてきていた。走る大人たちを振り返る暇もなく、船はただひたすらに崖に向かって進み続ける。
船体がさらにスピードを増し、風が髪を激しく乱す中、少年たちは必死に目的地を目指した。手に汗を握り、足元の揺れに耐えながらも、希望の光を求めて。
「急げ!急いで!」
どこまでも迫る怒号が、彼らの背中を押していた。
だが、次の瞬間、再び足元の車輪が泥に嵌り、無駄に空回りする。ああ、運が悪い。
「ああ…!バッシュさん、もうダメです…!」
「おい!ポトロ!諦めるなよ!!」
クソ!動け、動け、動け〜!!!
少年たちの叫び声が響く中、そのとき、エンジンがうなりを上げ、再び動き始めた。
「やった!エンジンに火がついたぞ!!」
だが、その瞬間、バッシュの目に映ったのは、船にしがみつくポトロの手が離れたことだった。
バッシュは思わず手を伸ばし、ポトロを助けようとしたが、ポトロの声が耳に届いた。
「ぼ、ぼくに…構わず、行ってください!司祭様を助けてください!!」
その声がバッシュの胸に響く。
振り返ることができず、ただ突き進むしかない。バッシュはポトロの言葉を胸に、船に身を任せて、さらに暗い海の向こうへと突き進んでいった。




