敵襲来
3-21
食事を終えた後、ポトロはさっそく空飛ぶ船と圧縮式魔力エネルギーの試運転に取りかかった。彼の手が忙しなく動き、船体に張り巡らされた細かな機構が次々と反応していく。周囲の空気がピリピリと震え、魔力の緊張感が倉庫全体に広がった。
「動力、展開開始!」
ポトロの短い指示とともに、船底から鋭い振動音が立ち上がる。魔力炉から青白い光が漏れ出し、まるで陽炎のような揺らぎが生まれた。
「おい、大丈夫かよ!?」
バッシュが思わず声を張り上げる。倉庫の床を軋ませながら船体が揺れた。天井の古びた梁が微かにきしむ音が響く。そのとき、船尾に取り付けられた大きな吹き出し口が青白く発光し始めた。
ポトロは振り返ることなく、真剣な表情で調整レバーを握り締めていた。
「大丈夫です、大丈夫!理論上は…!」と言いながらも、その手は震えていた。次の瞬間、圧縮式魔力エネルギーの放出機構が作動し、船体の背後に青い閃光が走る。
「理論上っておい!ふざけんな!」
バッシュが叫ぶが、その声は魔力が弾ける音にかき消される。
ポトロは満足げに頷き、さらにスイッチを押し込んだ。
「ほら、完璧です!」
周囲に放たれる魔力の振動が倉庫を激しく揺らし、古い屋根板が不安げに軋む。
「おい、屋根が吹っ飛ぶぞ!」
バッシュが頭を抱えるように叫んだ。
「それも計算済みです!」
ポトロは汗を光らせながら、満面の笑みで振り返る。船はしばらく漂うように浮き続け、徐々にエネルギーが収束していった。そして最後の振動音が収まり、倉庫内は静寂を取り戻す。
ポトロが大きく息を吐き、胸を張った。
「いい感じですね…!」
試運転を終えた船は、床に静かに降り立ち、まるで満足げに眠りについたようだった。
試運転を終えた空飛ぶ船は、まるで眠りについた獣のように静かに佇んでいた。ポトロは満足そうに息を整え、バッシュとともに船体を覆う布を引きずり出してくる。
「これで、ひとまず完成ですね。…まったく、自分の才能が怖いくらいです!」
ポトロが得意げに言うと、バッシュが肩をすくめた。
「お前の才能よりも、倉庫が壊れなかったのが奇跡だよ。次やるときはもう少し静かに頼むぜ。」
「そんなこと言って、ちょっとボクのこと見直したんじゃないですか?」
ポトロが口元をニヤリとさせながら布を広げた。二人は息を合わせて布をかぶせ始める。
その時だった。
ミレーユが不意に動きを止めた。
「……おい、待て。」
布の端を持ったまま、彼は出入り口の方に目を向けた。
「なんだよ?」
バッシュが顔をしかめながら振り返るが、ミレーユは無言のままだった。代わりに、口に指を当てて「静かにしろ」という合図を送る。その仕草がただ事ではないことを示していた。
ポトロも異変に気づき、布をそっと地面に置いた。
「何か聞こえたんですか?」
ミレーユは答えず、利き腕が腰の剣柄に触れる。外からのわずかな気配を感じ取り、目が鋭く細められた。遠くで軋む音が聞こえたような気がするが、それが風のいたずらなのか、人の気配なのかはまだ分からない。
「ミレーユ、なんなんだ?」
バッシュが抑えきれない不安を口にする。
「静かに」
ミレーユの低い声は、冷たい刃のように場を制した。そして彼は一歩、二歩と音を立てないように出入り口へと歩みを進めた。
倉庫の外から、さらりと風を切る音が響く。木製の扉の隙間から差し込む光の中で、微かに影が揺れた。
ミレーユが剣柄を強く握りしめる。
「……来るぞ。」
低く、確信に満ちた声が静寂を切り裂いた。
扉が軋む音とともに、倉庫内に数人の男たちが姿を現した。粗末な革鎧に身を包み、ところどころ錆びた剣や鈍く輝く短剣を携えている。装備こそ不揃いだが、その表情はどこか図太く、目つきには軽薄な余裕が漂っていた。
「なんだここは?」
先頭の男が鼻で笑いながら周囲を見渡す。目当てのものを見つけるつもりなのか、じっと船体を覆った布の方に目をやった。
「随分といいものが隠してありそうじゃねえか。」
別の男がくぐもった声で言いながら、ガラクタを蹴飛ばすように歩みを進める。その動きには、品のない挑発的な態度が滲み出ていた。
「無駄な抵抗はするなよ、すぐに楽にしてやるからよ。」
年長らしき男が薄笑いを浮かべて言ったが、その手元では、すでに刃物が鈍く光を放っていた。
彼らの視線はバラバラで、倉庫内の隅々まで好き勝手に視線を這わせている。それぞれが自由奔放に振る舞いながらも、どこか共通して冷えた空気を纏っていた。追い詰められた小動物を狩るかのような、気取った振る舞いの中に潜む粗野な本性がちらつく。
「面倒なことはしたくねえんだが、こっちも雇い主に顔向けできねえからな。」
別の男が肩をすくめながら薄汚れた手斧を抜き、床をトン、と鳴らす。
「その綺麗な顔を、すこーし痛めつければいいんだよ。」
男の一人が舌なめずりするような声で言いながら、不快な笑みを浮かべた。その手には鈍く光る短剣が握られている。
その瞬間、ミレーユが剣の柄を握りしめ、ゆっくりと腰を落とした。冷静な彼の目は、男たちの無秩序な動きを正確に捉えている。
バッシュの眉間に怒りの皺が寄る。
「ふざけやがって……!」
「おいおい、ムキになるなよ。ちょっと脅してやるだけだ。」
別の男がくぐもった笑い声を上げながら、汚れたブーツの先で床を軽く蹴る。
ミレーユは剣を握る手をさらに強くし、相手の隙を冷静に探っていた。
「痛めつけるのは、こっちかもしれないぞ。」
ミレーユの低い声が倉庫内に響き、空気が一瞬凍りつく。
「やっちまえ!」
頭領らしき男が怒声を張り上げると同時に、男たちが一斉に動き出した。
「ミレーユさん、頼みます!」
ポトロが短く声をかけると、ミレーユは無言で頷き、剣を抜いて前に出た。その動きは迷いがなく、何度も繰り返されたであろう信頼の上に成り立っていた。
「おい、こいつ一人でやるつもりか?」
敵の一人が嘲笑混じりに言い放つ。しかし、ミレーユの鋭い目つきと構えに、その笑みがわずかに揺らぐ。
一人目の男が勢いよく剣を振り下ろすが、それをミレーユは最小限の動きでかわし、刃を鋭く突き返す。一瞬のうちに、その男の武器は宙を舞い、手元から弾き飛ばされた。
「なっ……!?」
驚きの声を上げる間もなく、次の男が襲いかかる。しかし、ミレーユの動きは研ぎ澄まされており、一人、また一人と敵の攻撃をいなしていく。その剣さばきには無駄がなく、全てが計算されているようだった。
一方、後方ではポトロが素早くバッシュの腕を掴み、小声で言った。
「行きますよ、今のうちに!」
「は!?待てよ!あいつが一人でやってんだぞ!」
バッシュは振り払おうとするが、ポトロの手には意外なほどの力が込められている。
「ミレーユさんは時間を稼いでいます。僕たちが空飛ぶ船に乗れば、全員無事で済むんです!」
ポトロの声には焦りが滲みながらも、明確な計画が感じられた。
「逃げるなんて俺の性に合わねえ!」
バッシュが金属の棒を持ち直そうとすると、ポトロが強く腕を引いた。
「ここであなたが加われば足手まといになるだけです!彼を信じて!」
「……チッ!」
バッシュは不満げに舌打ちしたが、ポトロの目には迷いがなかった。そのまま引きずられるようにして、二人は空飛ぶ船へと向かう。
ミレーユは敵の一斉攻撃をかわしながら、一瞬だけ後ろに視線を送る。その視線がポトロと交わると、わずかに口角が上がった。すぐに敵に意識を戻し、剣を振り上げる。
「させるか!」
敵の一人が叫ぶが、ミレーユの刃がその言葉を遮るかのように鋭く閃いた。
◇◆◇◆
その頃、ポトロとバッシュは船のエンジンを起動させる準備を進めていた。
「…あと少し、あと少しです!」
ポトロが焦りながら操作盤に向き合う中、バッシュは入り口付近でミレーユの方を気にしながら警戒を続けていた。
「ポトロ、早くしろよ!」
バッシュが振り返った瞬間、妙な違和感が彼の視界に入った。
「……なんだよ、あれ?」
運転席を見ると、そこには黒ずんだ服をまとい、どこか薄汚れた男が座っていた。黙ったまま操縦桿を両手で握りしめ、じっと前方を見据えている。
「おい、なんでお前がそこにいるんだよ!」
バッシュが声を上げるが、男はまったく動じない。表情も変えず、微妙に体を揺らしながら操縦桿を上下に動かしている。
ポトロも振り返り、運転席にいる男を見て凍りついた。
「……いつの間に……!」
男は彼らの視線に気づくと、首を傾けるだけで何も言わない。次に、操縦桿を持ったまま片手を挙げ、まるで「準備は任せろ」と言いたげな仕草を見せた。
「任せられるわけねえだろ!」
バッシュが金属棒を持ち上げるが、男は急に操縦盤のボタンをポンと押した。その瞬間、船のエンジンがゴォンと音を立てて唸り出す。
「なに勝手なことしてんだよ!止めろ!」
ポトロは慌ててバッシュを制止した。
「待ってください、いま下手に触ると機械が壊れる可能性があります!」
ポトロの声に、バッシュは渋々足を止める。
しかし、その間にも男は勝手に操作を続けている。操縦桿を握りしめ、意味ありげに首をかしげたり、目を細めたりして、まるで熟練の船長のような態度だ。
「いや、あいつ明らかに適当に触ってるだけだろ!」
バッシュが苛立ちを隠せない声を上げるが、男はまったく気にする様子もない。むしろ「フフン」と言いたげな表情で、片手を伸ばして謎のボタンを押した。
途端に船全体がガクンと揺れる。
「おいおい、やっぱりやめろってんだ!」
バッシュが棒を振り上げるも、ポトロがそれを必死に押さえた。
「もう、放っておきましょう!とりあえず船を動かすのが優先です!」
「そりゃそうだけど、あいつ、信用できんのかよ!」
バッシュが睨む中、男はポケットから何かを取り出して広げて見せた。それは古びた地図のような紙片で、操縦桿の前に広げて一人で満足げに頷いている。
「……おい、何が見えてんだよ、お前には!」
男は振り返ることもなく、そのまま操作に戻る。ポトロは呆れつつも、「これで機械が壊れなければ……」と祈るように呟いた。
「エンジン始動完了!」
ポトロが大声で叫んだ瞬間、空飛ぶ船の船体が低い振動音と共にわずかに小さな車輪が動き始めた。
だが、そこに1人の暴漢が立ちはだかった。筋骨隆々で、棍棒を大袈裟に振り回しながら叫んでいる。
「止まりやがれ!クソガキどもぉおお!」
バッシュが「轢いちまうぞ!」と声を張り上げるも、運転席の男はまったく気にする様子がない。それどころか、男は操縦桿を握り直すと、微妙に体を前のめりにし、まるで「ここが見せ場」と言わんばかりにポーズを取った。
「あ〜〜おいおいどけどけ邪魔だあああ!」
バッシュが叫ぶが、その間に船の車輪はゆっくりと加速を始めていた。暴漢はまだ気づいていないのか、自信満々に「俺を止められるもんなら止めてみろ!」と胸を張る。
が、次の瞬間――
ドンッ!
空飛ぶ船の船首がその暴漢の腹を直撃。暴漢は「おふっ!」という間抜けな声を漏らしながら、船の勢いで華麗に弧を描いて吹き飛ばされた。そのまま倉庫の端にある山積みの木箱に突っ込むとガラガラガラ!という音と共に完全に埋もれてしまう。
「おいおい…!やべえだろ!」
バッシュが驚きの声を上げたが、船は誰も止められないほどの速度で加速を始めていた。
「ポトロ!この船さっさと飛ばねえのかよ!」
「必要な高度まで飛ぶためには、もぅすこし助走が必要なんですううう!」
そうこうしている間に、空飛ぶ船は倉庫の中を暴走。運転席の男は無言で操縦桿を握りしめ、なぜか微妙に満足げな表情を浮かべている。
「一旦…止めろってんだよ!」
バッシュが運転席の男に向かって怒鳴るが、船はそのまま倉庫の脆い壁に突撃。
「うわああああ!」
「バシュウウウン!」
木材と石の破片が飛び散り、船は倉庫の壁をぶち破った。そして、その先には――
崖に向かって一直線に走る船。
後部デッキにしがみつくバッシュの叫び声を背に、船はなおも勢いよく進んでいく。
ポトロが冷や汗を流しながら必死に操作盤を叩く。一方、運転席の男はというと、首を傾げながら何か考え込んでいるようだった。
「お前何してんだああ!」
バッシュが叫ぶ中、船はなだらかな崖と一直線に突き進んでいた――。




