圧縮式魔力エネルギー
「飛ぶって言っても、具体的にはどーするんだよ?」
バッシュはブスッとした顔を隠さずに言った。話がややこしくなっている。
アーク司祭を助けるために塔を目指すが、船を調達出来なかったのでたまたま見つけた空を飛ぶ船を作った男は実は死んでいて、中身は死んだ人魚のケガレが取り憑き、それはバッシュがハーフエルフ達からもらった小瓶の鱗の人魚だった。
はぁ。なんてひどい話だ。こんなのは三文小説にもなりはしない。だが、現実なのだ。
手の中で弱々しく光る小瓶も、正気のない澱んだ眼で瞬きもせずに真っ直ぐに見る男も。そしてやや浮かれた情熱で頬を染める少年技術者、ポトロが早口で言った。
「この空飛ぶ船が設計された当時、動力源の確保は非常に困難でしたからね。空を飛ばすには、驚異的な軽量化を達成しなければならなかったんです。ですが、今は違います!僕が開発した圧縮式魔力エネルギーを使えば、かつての常識を超えたエネルギー利用が可能になったんですよ!」
ポトロが手荷物の中から取り出したのは、まるで小さな丸型のボールのような物体だった。その表面は滑らかな金属で覆われており、どこか異次元の輝きを放っている。ポトロはそれを手のひらに載せ、しばらくじっと見つめた後、静かに言った。
「これが、圧縮式魔力エネルギー源です。見た目はただの小さな球体に見えますが、中には膨大な魔力が凝縮されています。この圧縮された魔力が、船の動力源として利用されているんです。」
ボールの中から微かな光が漏れ始め、その表面をうっすらと青白いオーラが包み込む。ポトロは慎重にそれを空中に浮かせると、球体から立ち上るエネルギーの波動が周囲の空気を震わせ、微かな音を立てた。圧縮された魔力が、まるで渦を巻くように中で動いているのが分かる。
「この魔力、通常ならば何千倍もの広がりを持っていますが、圧縮によって安定したエネルギーとして取り出すことができるんです」
ポトロは説明しながら、球体を指で軽く押さえた。その瞬間、エネルギーが一瞬で高まるような感覚が広がり、球体から放たれた光が一気に船のエンジン部分に流れ込んでいった。
「これで、空を飛ぶ力が得られるはずです」
ポトロの声に、少し誇らしさが滲んでいた。
球体から放たれる魔力の光が、まるで生命を宿したかのように躍動する様子に、バッシュは思わず息を呑んだ。
「とはいえ、少し手直しをしなくてはいないと思いますが…」
ポトロは指で頬をかきながら、微妙な表情を浮かべた。
球体から放たれる魔力の波動が一瞬揺らぎ、光の輝きが一瞬鈍くなった。ポトロはそれに気づき、すぐに手を伸ばして球体を優しく手のひらで包み込んだ。
「ほら、まだ完璧ではないんです。圧縮式魔力の安定性には微調整が必要で…」
ポトロは少し困ったように言った。彼の指が球体の表面を軽くなぞると、その表面からじわじわと魔力が再び集まり、光が鮮やかに戻っていった。
「これが調整しきれれば、理論通りに動作するはずなんですが、まあ、少し試行錯誤が必要ですね。」
バッシュはじっと見守りながら、呆れたように肩をすくめた。
「いや、すげえなオマエ…」
バッシュの心から漏れ出たその言葉に、ポトロは少し照れくさそうに笑った。
「僕はここで機体の調整をします。」
ポトロは真剣な表情で、手にしたツールを一つずつ整えながら言った。
「バッシュさんは一度ミレーユさんのところへ戻って、現状を報告してもらえますか?」
バッシュはその言葉に少し考え込み、やがて頷いた。
「了解だ。ミレーユに伝えておくべきこともあるしな。」
ポトロは無言で作業を再開し、機体の調整に集中し始めた。周囲の空気の流れや、エネルギーの微調整に手を加えながら、慎重に作業を進めていく。その動きはすでに、熟練さを極めつつあった。
バッシュは一度ポトロを見守り、軽くため息をついてから、ミレーユの元へ向かう決意を固めた。
「じゃ、しばらくは任せるぜ。」
バッシュは足を速め、薄暮の中に溶け込むように歩き出した。
◇◆◇◆
バッシュが街への道を歩きながら、無意識に手に持った小瓶を軽く振ってみると、突然、鱗が微かな振動を発し、静かに声を上げた。
(…ありがとう)
その声は、どこか優しく、温かみを帯びていた。バッシュはその言葉に驚き、足を止めて小瓶を見つめた。
「え? 何だよ急に…」
小瓶の中で、鱗がほんのりと光り輝きながら、静かに続ける。
(お前が手を差し伸べてくれたおかげで、私はここまで来ることができた。感謝している)
バッシュは思わず顔を赤くし、手にした小瓶を軽く振ると、肩をすくめて言った。
「たまたま、だろ。別に大したことじゃない。」
その言葉に、鱗はほんの少しだけ、温かな微笑みを浮かべたかのように感じられた。
(でも、それが、お前の優しさだ。私はお前たちに、感謝している)
バッシュは恥ずかしそうに顔を背け、足早に歩き出した。
「ったく、ありがたいなんて言われると、照れるだろ…」
だが、心のどこかで、確かに温かい気持ちが広がっていくのを感じた。
「そういうことは、ちゃんと飛べてからにしろよ。」
その言葉には、少し照れくささとともに、やんわりとした優しさがにじんでいた。バッシュは歩き出しながら、恥ずかしそうに小瓶をちらっと見た。
「ま、飛べるようになったら…ちゃんと最後まで見ててくれよな。」
バッシュは足を速めながら、夜の闇に包まれた街を目指して歩いた。波の音が遠くから耳に届き、そのリズムが胸の奥に響く。やがて、暗闇の中に、ぼんやりとした光の帯が浮かび上がり始めた。最初はただの灯りのように見えたが、次第にその光が立体的に広がり、まるで水面に浮かぶ島のように浮かび上がってきた。
街の明かりは、夜空の中でひときわ鮮やかに輝いている。薄く霧がかかり、その中に灯されたランタンの光が、まるで水の中で揺れる星々のように見えた。建物の屋根からは煙のように漂う光が広がり、街全体が幻想的な雰囲気を漂わせている。
遠くに見える灯台の光が、ゆっくりと回転しながらその道筋を照らし、波がその光を反射してキラキラと輝いている。海と空の境界がほとんどわからないほど、闇が一体化して広がり、まるで夢の中を歩いているかのような感覚を覚える。
バッシュは思わず息を呑んだ。夜の空気がどこか清らかで、心を静かにさせる。目の前に広がる街の景色が、まるで自分の存在すらも消してしまいそうなほど、ひときわ美しいものに見えていた。




