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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第4章 波間の約束
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回想3

「に、ニイチャンこ、これでイイノ?」


不気味なほど背の高い男の声がその体躯に似合わず不安げに響く。彼の手の中には、ひときわ重い金属製の金槌がしっかりと握られていた。弟が不安そうに小男を見下ろした。


「いいぞ!よくやった弟よ」


兄と呼ばれた小男は満足げにうなずきながら、その大きな背中を叩いてやる。2人の足元では下半身が魚で上半身が人間の姿の化け物がピクピクと体を震わせていた。


「さすがはオレの弟だ!」


彼の声には自信と誇りが混じっていた。弟が少し照れくさそうに肩をすくめるのを見て、兄は愉快そうに笑った。

どこか不気味な笑顔を浮かべながら、弟はじっと足元のそれを見つめた。


「こ、これでニイチャン、チョット楽になれる?」


弟が恐る恐る尋ねる。

言葉の端がまだ不安定だ。


「これからだ。全てはこれからだぞ。さぁ、準備しよう。生きているうちに解体しなくちゃ意味がないらしいからナァ」


さっさとやっちまおうぜ。

兄はそういうと冷たく微笑んだ。


◇◆◇◆


自分の体がバラバラになっていくのを、ただ冷静に見つめる。背中から流れ落ちた血が砂浜に広がる様子を、どこか遠くで観察しているような感覚。痛みはもう感じない。いや、感じたとしても、それはすぐに消えていくようなものだ。


臍から下がもぎ取られていくのを、無表情で眺める。目の前で自分の肉体が無惨に崩れていくのは、まるで他人事のようだ。バラバラになった肉が、砂に沈み込んでいくのをただ見届けているだけ。心の中で叫びたい気持ちもあるはずなのに、言葉にならない。


顔にかかる血が目に入ることも、もはや気にならない。これが最期だとしても、どうでもいい。


…いや、ルカは?

ルカはどうなったのだ?


砂浜に倒れて動かないルカを目の前にして、胸の中に沸き上がる感情を押し殺すことができなかった。彼の無防備な姿、もう二度と動くことのない姿を見て、無力感が一気に押し寄せてきた。


あの時、あの海の中で助けることができたなら。


いや、そもそも私たちが出逢わなけれ良かったのだ。そうであれば、きっとまだルカはここにいて、空を飛ぶ夢を追い続けていたのだろう。あの小さな船に乗って、こんな小さな入江ではなく、あんな塔よりもどこまでも遠くへ。彼の目に浮かぶ星のような希望を。


海の中に広がる自分の血の中に、ルカの顔が浮かんでいるのが見えてまた涙がこぼれそうになる。それでも、涙を拭うことすらもはや出来ず、私はただ静かに動かないルカを見つめていた。彼の目には、もう何も映っていない。もう、私を見つめることもない。息を止めて、ただその無表情な顔に目を奪われた。


私の体は無理矢理に切り分けられ、冷たい金属が肌に触れるたびにひどく不快な感覚が走る。無慈悲に、解体されていく。


やがて、私の体は小さな箱に納められる。その箱には、ただの物のように私の体が収められ、周囲には不思議な、甘い香りが漂っている。それはどこか異世界から来たような、夢のような匂いだったが、私にはただの嫌な臭いに感じられた。


私はその箱の中で、動かない体を感じながら、静かに思う。涙はもう流れない。ただ、無力感と喪失感だけが心の中に広がっていった。


「に、ニイニ、こっちはきりわけなくていイノ?」

「は?ああ、そっちはいらない。必要なのは魚の部分だけでいいんだとよ」

「こ、こっちはイラナイ」


兄が冷たく答えると、弟は手に持っていた一部を無造作に投げ捨てた。まるで捨てられた物のように空を描きながら、私の体の一部がルカの体に重なった。


その瞬間、運命の悪戯か、二人の体が無情に重なった。死の冷たさを感じさせるその交差は、何とも言えぬ不安定な静けさを醸し出す。それは最期の幸福なのかもしれない。ただ、二つの冷たい肉体が重なり合ったのだ。


◇◆◇◆


私たちを殺した二人が去ると、やがて海には夜が訪れた。あれほど風が強い日だったのに、嘘のように静かだった。私の目の前で、命が消えていった。ルカの体はすでに冷たく、動かない。その姿はもはや、温かさも何もない。けれども、私の心はどこかでまだ、あの空を飛ぶという約束が果たされる瞬間を待っているようだった。


そして、それは始まった。


私の執着が、彼の死体に宿り始めた。最初はほんの微細な、かすかな震えのように感じた。ただ、何もかもが終わったと思っていたのに、目の前の死体がまだ生きているかのように、私の意識が触れた。


私は死を越えて、再び彼に触れたくてたまらなかった。無意識のうちに、心が腐敗していき、私の執着はケガレとなり、死んだルカの体へと侵食していく。あたかも、私の魂が彼の中に入り込んでいくかのように。その瞬間、彼の体の中にもう一つの存在が芽生えた。


私は息を呑み、そして確信する。この感覚、これはもう、生者のものではない。死者の力を借りて、私は彼の身体を動かす。


もはや、私と彼の境界はなくなった。


それでも、まだ何かが足りなかった。私の願いが強くて、けれども届かない。体が動くたびに、まだどこかで死者の手が私を引き戻そうとしている。でも、私がすがるのはただの一つの願いだ。ルカを、このままルカの夢を終わらせたくない。


そして、ついに、彼の手が、ほんの少しだけ動いた。


その瞬間、私は私ではなくなり。

ルカはルカでなくなった。


全ての感覚が歪み、もう何もかもがぼやけていく。ルカの体に宿ったのは、もはや彼ではなく、私のルカに対する執着だった。それは、私が死を越えて伝えようとした想いだった。

私の心が彼に入り込んでいくにつれ、彼の記憶や感情は消え去り、ただ私の情念だけが満ちていった。


ルカの瞳がひとしきり空を見つめる。

そこに映るのは、もはや2人のものになった。


私は彼を、彼は私を感じることができない。

それでも、私たちはお互いを求め合い、絡み合っていく。そして、私が彼を動かすたびに、私は彼に取って代わっていく。


彼の体は私のものとなり、私の体の半身は人間たちが持ち去り、もう半身は海の中へと消えていきもはや存在しない。私の執着だけが強く、深く、彼に取り憑いていく。


私たちは、今ここで、ひとつになった。

私が望んだ未来、まだ届かぬはずだった空に羽ばたくことができるはずだ。


…そしてその日はようやく訪れた。

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