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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第4章 波間の約束
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回想2

「…おい、ルカ!ルカじゃねぇか!?」


呼び止められて振り返ると、そこには父親の修理工場によく顔を出していた漁師が立っていた。丸太のような腕、日に焼けた肌、どこか憎めない笑顔は昔のままだ。


「親父さん…残念だったな」


短い一言に、オレは小さく頷いた。


「ああ…ありがとうございます」


形だけのお悔やみの言葉に続き、漁師は腕を組んでじっとこちらを見据えた。


「修理工場、もう閉めちまったのか?」

「ええ、オレ1人じゃ仕事を受けてもなかなか回らなくて…」


そう答えながらも、心の中で付け加える。本当は、空飛ぶ船に夢中だからだ、と。


「そりゃそうだ。お前1人で何でもやろうなんて無理がある」


漁師は大げさにため息をついたあと、大声で言った。


「それにしても、早く嫁さんでももらえ!あんな町外れの工場に1人でいたら頭がおかしくなるぞ!」

「はは…まあ、考えておきますよ」


軽く流そうと笑って返すが、漁師は眉をひそめ、さらに踏み込んできた。


「真面目に言ってんだ。お前、最近どうもおかしな行動ばかりしてるぞ」

「おかしな…?」


嫌な予感が背筋を走る。漁師は指を一本立てて続けた。


「風のない日に布に包んだ何かを運んでるところを見たやつがいる」

「そ、それは工場の備品ですよ」


なんとか誤魔化そうとするオレを無視し、次の指を立てた。


「それから、船もないのに夜な夜な金属を叩く音が聞こえるって話だ。何を作ってんだ?」

「そ、それも修理に必要な作業で…」


さらに三本目の指が立つ。


「極めつけはこれだ。市場でお前が買ってる大量のロブスター!あんな量、1人で食えるわけないだろ?」


心臓が跳ねた。漁師は言葉を区切り、満足げに笑ってこう言った。


「おかげで、妙な噂が立ってるぜ」

「噂…?」


声が裏返る。漁師は笑いを堪えきれない様子で首を横に振りながら続けた。


「ああ、お前、人魚に取り憑かれてるって噂だ!」


一瞬、時間が止まった気がした。言葉が喉に詰まり、冷たい汗が額を流れ落ちる。なんとか笑って返す。


「は、ははっ…馬鹿馬鹿しいですね。人魚なんているわけないじゃないですか」

「ハハッ!そうだよな!人魚なんてのは俺の曾祖母が話してた御伽噺だ!お前みたいな奴が取り憑かれるわけがないよな!」


漁師は腹を抱えて笑い、オレも乾いた声で笑い返すしかなかった。しかし、心臓の鼓動は異常なほど速かった。


「ルカ」


突然、漁師の声が真面目な響きになる。オレが顔を上げると、大きな手が肩に置かれた。


「まあ、何か困ったことがあれば、なんでも言えよ!」


豪快な声とともに、漁師はドンと背中を叩く。その力強さに、オレは前にぐらつきながらも笑顔を作った。


「ええ、ありがとうございます」


漁師が去ったあと、オレは小さく息をついた。



◇◆◇◆


「…話は本当だったのか」


低い声でぼそりと呟く兄。腕を組み、船着き場の片隅で鋭い目を光らせていた。


「ニ、ニイチャン。話、聞イタ?」


弟がカタコトの声を漏らしながら、しゃがみ込んでいた身体をゆっくり起こした。頭ひとつ分どころか、周囲の漁師たちを軽く超える不気味なほどの長身が、影を落とす。


「あんな大声で話してりゃ、聞きたくなくても聞こえるだろうが」


兄は短気そうに肩をすくめ、鼻で笑った。


「スゴイ!ニイチャン、耳ガ良い!」

「お前が悪すぎるんだよ。まったく」


兄は小さな体を不敵に揺らしながら、舌打ちするように言葉を続けた。


「でもまあ、街に着いて早々いい拾い物だな。弟よ」


弟は兄の言葉に少し間を置いてから、ぼんやり頷いた。


「拾イ物?」

「そうだよ、間抜けが一匹。『噂』が本当なら、手柄が立つかもなぁ」


兄はニヤリと笑い、弟の肩を叩く。


「サッソク…」

「そうだ、早速仕事に取り掛かろう。あの小僧から『お宝』を吐き出させるには手間がかかるかもしれねえが…いいだろうさ」


弟はカタコトの声で重く応じる。


「に、ニイチャン、天才!」

「そうだろう!?」


兄の声は乾いた笑いを帯びて、二人の姿は薄暗い船着き場の影に溶け込んでいった。


◇◆◇◆



最期の日は唐突に訪れた。


私はいつものように海の波に身を委ね、日がな一日を過ごしていた。波の音が耳に心地よく、流れるままに漂う。海は私にとって、唯一の安らぎの場所だったが、ルカの来ない日は、時間がとても遅く感じる。

こうして波に揺れながらひとりでいると、風の音だけが響いて、静寂が深く染み渡る。今日も風が強くて、空には雲が立ち込めている。この調子では、ルカが来ることはないだろうと思いながらも、心のどこかで期待している自分がいる。彼が無事に仕事を終えて、また海辺に姿を見せてくれることを。いつもその一瞬を待ち望む私がいる。


でも、それが実現するのはほんのひとときで、彼が去った後、また私はひとりになる。そんな繰り返しが、どこか安心感を与えながらも、同時に寂しさも感じさせる。ルカがたまに見せる微笑みや、軽く声をかけてくれる優しさが、私にとってはすべてだった。


彼の足音が遠くに聞こえると、私の心は不意に躍動する。しかし、今日はその足音すら聞こえなかった。ただ風が強く吹き、波が打ち寄せる音だけが、私の耳に響いていた。


どぼおんと、低い音が轟いた。

音のする方に目をやれば大量の泡ぶくに包まれた人間がその手足を投げ出して海の底へと沈むところであった。しかもその手足には頑丈な金属で出来たおもりが付けられている。


ーーールカっ!??


ルカが。

ルカが沈んでいく。


私は海の中で初めて悲鳴を上げた。それは水面を揺らし、そこかしこに反響し海のあらゆる生き物が戦慄くほどに。


私は必死に水中で手足を動かし、沈みゆくルカを追いかけた。

その体は重く、どんどん深く、海底へと引き込まれていく。金属のおもりが彼をさらに引きずり込んでいる。しかし、私は迷うことなく、彼の方へと泳いだ。


ルカの顔が水中で見えたとき、彼の目は閉じられていた。もう呼吸をしていない。心臓も、静止しているはずだ。だが、私は諦めることができなかった。


彼の腕をつかみ、無理やり引き寄せる。重すぎるその体を持ち上げることはできない。でも、できる限り引き上げようと必死で泳ぎながら、海の流れに逆らって必死に力を振り絞った。


ルカの体を必死に引きずり、ようやく浅瀬まで辿り着く。もう一歩で砂浜に上げられると思った瞬間、私はふらつき思わず息を呑んだ。


諦めない。諦めるものか。


目の前に横たわるルカの顔が、ますます青くなっていくのを見て、胸が締め付けられるような気がした。

何かをしなくては。誰かに助けを求めなくては。そう考えて、視線を砂浜に向けるが、何も見えない。

周りを探し始めた私の脳は、混乱していた。心臓が高鳴り、目まぐるしく動く頭は、何かを見落としていることに気づいていなかった。


その時、背後で鈍い音が鳴り響く。

ゴッ…。

何かが地面に落ちた音。それはあまりにも重く、私の神経を鋭く刺激した。驚きのあまり私は気が付かなかった。後ろから殴られたのだ。

すぐに振り向こうとしたその時、再び音が響いた。

ゴン…。

今度はもっと近くで聞こえた。鈍痛。痛い。どうなっている。手で頭に触れるとぬちゃりと滑った。なんだ怖い、痛いルカルカルカルカ。


崩れゆく私の視線が人影を捉えた。

その姿は確かに人間のものだったが、その動きには異様な不気味さが漂っていた。

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