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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第4章 波間の約束
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交渉

会話がひと段落すると、3人の間に静かな沈黙が降りた。


ミレーユは腕を組み、目を閉じて神に祈るように息を潜めた。その横で、ポトロは背筋を伸ばし、焦りを押し殺すように視線を落ち着きなく左右に動かしている。


バッシュはふと拳を握りしめた。手鏡を通ってこの街に来たものの、鏡は半壊し、戻ることは叶いそうになかった。ヴァルや仲間たちの顔が思い浮かぶ。


リヒト、馬のトロント、そして大きな犬のエゾフ。今はもう誰もそばにはいない。


「…戻れる見込みは、薄いか」


つぶやいた言葉が、自分の中の空虚さを浮き彫りにした。元々一人旅だったはずだが、ヴァルと契約を交わしたばかりに、離れた自分をどう思うのか、その顔が気になって仕方がない。契約士の狐によれば、ある程度の距離ができると雇用主に居場所が伝わるらしいが、伝わったところでどうだというのだ。馬の足でも1ヶ月以上は掛かるだろう。老馬連れのヴァルがここまで来るとは到底思えない。


「まあ、いっか…」


そう言い聞かせるように笑みを浮かべてみるが、胸の奥に走る痛みは消えなかった。もうあの青黒いマントの背中を見ることはないのだろう。目の中の残像を掻き消すようにバッシュは頭を軽く振った。


「そもそも、オレを連れてきたみたいにその手鏡を使ってあのボンクラ司祭を連れ出せばいいんじゃないのか?」


「ええ、そのためには対になる手鏡が司祭様の元にないといけないのです」


「ミレーユが届けられないのか?」


「ミレーユさんは相手側に警戒されているので、表立った行動はできません。それに…おそらくこの手鏡の大きさで転移が可能なのは大人1人、せいぜい子供1人くらいです」


「なら…」


バッシュが提案を口にしかけた瞬間、ミレーユは低く鋭い声で遮った。


「塔にはモルディナ様の考えに同調する者が警備についている。…正攻法ではネズミ一匹入る余地もない」


その言葉に、バッシュは思わず口を閉じた。正攻法が無理だということは理解したが、ではどうすればいいのか。頭の中にいくつもの案が浮かび、それが次々と壁にぶつかるように砕け散る。


ミレーユの目は鋭く、迷いの色はなかった。しかしその背筋の伸びた姿勢の奥に、彼が覚悟と焦燥の狭間で立っていることをバッシュは感じ取った。


「本当に…抜け道はないのか?」


低く押し殺した声で問うバッシュに、ポトロは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに力強い声で答えた。


「実は…ここに老師様のお部屋と繋がる対の鏡があります」


ポトロが静かに口を開いた。その声は平坦だったが、どこか張り詰めた空気を伴っていた。


「僕たちの考えでは、アーク司祭様が監禁されている場所まで潜り込み、この鏡を使ってアーク司祭様を老師様のところまで転送させる計画です」


「潜り込むって…」


バッシュは窓を見た。潮風に捲れたカーテンから見える海の上の塔は外界から完全に遮断されていた。もっと近くまで行かなくては詳しくは分からないが、あそこまで行くには船を使って接岸するしか方法はないように見えた。


ーーーネズミ一匹は入り込む余地のない場所に、船を使って?


バッシュの疑問を感じ取ったポトロは希望に満ちた眼差しを向けた。


「僕たちでは顔が完全に相手方に知られていますから、バッシュさんには…」


「いや、もういい!それ以上なにも言うな!」


ポトロの話を遮り、聞こえないとばかりにバッシュは耳の穴に指を突っ込んだ。そもそもまだ手伝うなんて一言も言っていないのだ。どう考えても勝ち目のない戦いに加勢するほど、バッシュはお人好しではなかった。


その様子を見ていたミレーユが鞘に納めた剣を軽く手で押さえながら、まっすぐにバッシュを見据えた。その視線には迷いがなく、確固たる意志が宿っていた。


「バッシュくん。どうかアーク司祭様を救うために力を貸してほしい」


バッシュは腕を組み、やや無愛想な表情で返す。


「悪いが、オレにそんな義理はないぞ」


ミレーユは表情を崩さず、落ち着いた声で続けた。


「私一人で動けるなら頼みはしない。だが、司祭様がいなければ多くの人間が路頭に迷う。ポトロもその1人だ」


「…オレに何の得がある?」


バッシュは顎を指で撫でながら問い返した。ミレーユは少し間を置いてから、硬い声で言い放った。


「報酬は払う。金貨でも、品物でも、キミの望む形で必ず用意する。」


「へぇ〜…」


バッシュはわずかに眉を上げた。


「金銭だけじゃない。司祭様の名声を使えば、ほとんどの国境も通れる。この先一人旅で王国を目指すのであれば、これ以上に良い話はないだろう?」


ミレーユの口調はどこまでも冷静で、媚びる気配は一切ない。だがその説得力には、剣士としての覚悟が滲んでいた。バッシュは肩をすくめ、少し皮肉めいた笑みを浮かべる。


「要は、あんたのために動いてみろってことか。それだけ言えば十分だったんじゃないか?」


ミレーユは深く息を吐き、バッシュをじっと見つめた。


「細かい条件を並べる気はない。キミがどれだけ冷淡に振る舞おうと、人を見捨てられる人間じゃないことはわかってる。」


その言葉に、バッシュはわずかに表情を曇らせた。だが何も言わず、しばらく沈黙した後、頭を掻きながらぼそりと呟いた。


「……ま、その条件なら悪くはない話だな」

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