話を聞くだけなら、聞いてやるよ
あのクソ不良酒飲み司祭め…バッシュはアーク司祭に半ば騙されて笛の演奏に差し向けられたことを思い出していた。目の前の少年の必死な表情を見て、どこか同情する気持ちを感じていた。
少年――ポトロと名乗る少年は無垢な目でバッシュを見つめた。
色褪せた深い青のローブは膝下までの丈で、動きやすいよう控えめなスリットが入っている。その色は教団関係者であることを外部に示す、わかりやすい目印でもあった。
袖口や襟元にはわずかな装飾が施されているが、それは服を補強するためのもので、飾りではないように見えた。
腰に並ぶ革のポーチは規則正しく整理され、必要な物をすぐに取り出せるよう計算されているのかもしれない。少年が履く厚手の革靴は、長時間の移動にも耐えられるような造りで、靴底には滑りにくい工夫が施されていた。足音さえも控えめで、彼の慎重な性格がそのまま反映されたかのようだ。
無駄のない実用的な装い――ポトロの服装には、道具を扱い慣れた者の合理性と堅実さが漂っていた。
「司祭様が囚われる間際に言ったんだ。"信頼できる人に手鏡を預けたから助けが欲しい時には頼るように"って…」
ポトロの切迫した声を聞きながらも、オレの中には疑念が渦巻いていた。どうしてオレが助けなきゃならないんだ?
そんな思いが頭をよぎる。
「オレには関係ないだろ。あいつがどうなろうと、オレには…」
そう吐き捨てようとした瞬間、ポトロが戸惑いの表情を浮かべた。ポトロは一瞬、まるで信じられないとでもいうようにこちらを見つめたが、それでも口を開いて何か言おうとするようだった。
だが、その瞬間、静かに背後から足音が近づき、柔らかい声がオレの耳に届いた。
「こんな形で呼び出してしまって、本当にすまない。驚かせてしまったようだね」
振り返ると、そこには長い緑色の髪を一つに束ねた男が立っていた。穏やかな表情を浮かべたその男――端正な顔の従者ミレーユが、優しい眼差しでこちらを見つめている。だが、その眼差しには、一瞬の戸惑いと微かな失望が見え隠れしていた。
「ああ…バッシュくん、キミだったか」と、彼は小さなため息をつき、少し困ったように微笑んだ。その口元は笑っていたが、目にはうっすらと計画が狂ったことへの残念そうな色が浮かんでいる。
「すまない、君が来るとは少し予想外だったんだ。実のところ、ヴァルさんが来てくれたらなと思っていたんだが…」と、ミレーユは柔らかい口調で付け加えた。その言葉に、オレは胸の中でさっと苛立ちが湧き上がるのを感じる。
「…なら、オレは不要なのに連れてこられたのかよ」バッシュは刺すような声で問い返した。
ミレーユは軽く首を振り、柔らかな表情を浮かべた。「いや、決してそんなつもりじゃない。ただ、君が来てくれたことには感謝しているよ。だが…事情を話しているうちに、君も理解してくれる思う。」
その言葉を聞きながらも、オレの中の不満は収まりきらない。心の中で膨れ上がる感情を抑えきれず、視線を逸らした。
「付き合いきれないな!オレにだって用がある!こんなところいられるかっ!」
バッシュが大きな声で叫び、立ちあがろうとした矢先…パシリとなにかが音を立てた。バッシュが音の出た方へ目をやると靴底に違和感を感じて恐る恐る足を上げた。
「それ……僕が作ったんだ」と、ポトロが静かに呟く。バッシュの靴底には手鏡が、それも原型から程遠い歪な形をしていた。
「わっ、ご、ごめん!ワザとじゃ…気が付かなかったんだ…」
「いや、たぶん。キミのせいじゃないよ。こちらに呼び寄せるために開いた空間転移に耐えられなかったんだ」
自分の手から生まれた品を見つめるその瞳には、わずかな戸惑いとどこか複雑な思いが滲んでいる。
バッシュが手鏡を拾い上げると、それはもうぼろぼろだった。鏡面にはひびが細かく走り、光を映すどころか、ただぼんやりと鈍い反射を返すだけだった。枠もくすんでいて、持つだけで砕けそうな脆さが伝わってくる。
そもそも、こんなものが自分の荷物に紛れ込んでいるとは思いもしなかった。手鏡はまるで役目を終えたかのように壊れてしまったのだ。
「……あんたの司祭様が勝手に入れたんじゃないか、知らないけどさ」と、バッシュは曖昧に答え、ポトロに手鏡を手渡した。項垂れるポトロの姿を見ると悪いことをしたとバツが悪くなった。
ポトロはその言葉に眉を寄せ、じっと手の中の手鏡を見つめた。
「ごめんなさい…ボク、司祭様が誰にこれを預けたのか知らなくて……キミの戻る方法を考えなくちゃ…」
ポトロは壊れた手鏡を胸の中で抱きしめた。
司祭がこの鏡に何を託したのか。それを考えるたびに、バッシュの心の奥に隠されたわだかまりが揺れ動いているかのようだった。
「……分かった。分かったよ!」
バッシュは、少し怒りを鎮めるように深呼吸をしてから、少し諦めたように言った。
「話を聞くだけなら、聞いてやるよ」




