謎の手鏡
バッシュは賑やかな市場を歩きながら、並ぶ色とりどりの屋台に目を奪われていた。異国の香りを漂わせるスパイスや果物の籠が吊るされ、通りには人々の喧騒が絶え間なく響き渡っている。周囲には聞き慣れない言葉が飛び交い、笑い声や売り声が市場全体を包み込んでいた。
ある屋台では、鮮やかな布で覆われたテーブルの上に、宝石のような果実や色とりどりの香辛料が山盛りに積まれている。
「これで何が買えるかな…」と、小声でつぶやいたとき、近くの商人が陽気に声をかけてきた。
「坊主!どうだ!こっちにきて一口食べてみな!」
その言葉に惹かれて立ち止まると、商人の手にある果実は深い紫色で、まるで宝石のように輝いている。バッシュは思わず息を呑み、甘い潮の香りが口いっぱいに広がる様子を想像した。
しかし、ふと我に返り、まだ買い出しが終わってないことに気がつき屋台を後にした。まだ陽は高い。買い出しが終わってからでもありつけるだろう。
市場の端にある屋台に目を向けると、古びた魔法道具が並び、色とりどりの宝石や奇妙な模様の巻物が置かれていた。バッシュはその屋台に近づき、目を輝かせて見つめた。新しい冒険の始まりを予感させる空気が漂っている。何か特別なものがここで見つかるかもしれない、と期待が膨らんだ。
なにせ金はたっぷりある。
バッシュはニヤつきそうになる顔を必死で留めていた。ヴァルから貰った金に加えてあの司祭から貰った報酬だってあるのだ。
バッシュはふふっと笑いそうなるのを堪えて小袋から硬貨を取り出そうと手を入れた。するとなにか冷たい金属のような感触が指先に触れた。困惑しながら奥を探ると、それは手鏡だった。
「なんだ、これ?」
手鏡を取り出して見つめると、不思議な冷たさが手に残る。まるで何かを映し出すのを待っているような、不気味な雰囲気があった。
その時、ひと吹きの風が鼻をくすぐり、潮の香りが漂ってきた。だが、それはどこか不安を呼び起こすものだった。何かが近づいてくる予感がして、バッシュは鏡を手放そうとしたが、どうしても手が離せなかった。光を反射してキラリと輝く手鏡を見て、バッシュは戸惑った。
「あのボンクラ司祭め。間違えて入れたのか?」
バッシュが毒吐いた次の瞬間、鏡から突如として細い手が伸び、バッシュの手首を掴んだ。その指はまるで子供のもののように細く見えたが、強く握りしめてバッシュの手を離さない。突然のことに驚きに心臓が跳ね上がり、バッシュは硬直してしまった。…誰だって見知らぬ手鏡から手が生えてきたらそうなるだろう。
「ぎゃあああ!!」
バッシュの悲鳴もむなしく、手鏡の手は彼を引き込んでいく。気づけば肩まで鏡の中に飲み込まれ、視界は暗闇に包まれていた。
◇◆◇◆
小袋の中に引き込まれる感覚は、まるで狭い穴に落ち込むような冷たさが肌にまとわりつく。手を振りほどこうとしたが、しっかりと握られたまま、さらなる奥へと引き込まれていく。
やがて全身が小袋の中に飲み込まれ、周囲の音が遠ざかった。暗闇に包まれた空間で、心臓の鼓動がひどく響き、恐怖がじわじわと膨らんでいく。狭く閉ざされた場所に押し込められたバッシュは、思わず叫んだ。
「出してくれ! 誰か、助けて…!」
だが、声は暗闇に吸い込まれるばかりで、応答はない。自分の存在を確かめようと、もう一度叫ぼうとしたその時、冷たい風が背後を撫で、さらなる恐怖が押し寄せた。
突然、バッシュは空を舞う感覚に襲われ、身体が暗闇の中を急速に落ちていく。冷たい汗が背中を伝い、彼の心拍は速まっていった。何も見えない世界の中で、ただ運命に身を委ねるしかなかった。
そして、落下の衝撃と共に何かに叩きつけられ、視界が一瞬だけ明るくなった。




