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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第3章 夢の国で会いましょう
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選択2

突拍子のないヴァルの提案に周囲の空気がぽかんと音を立てた。実際ピピは「は…?」と間の抜けた声を出したし、ププは手で口を押さえた。


「オレが番人になる…?」

「そうだ。番人になれば西の国も簡単には手を出してこない」

「オイオイ…!ヴァル!葬儀屋は跡目相続の話には不可侵だろ!?」


シュヴァイツァーは困惑で声が上擦った。

葬儀屋は葬送儀礼を執り行うためにいる。梟の森でも、確かにヴァルは次の森の番人については言及を避けていた。それが今ははっきりとピピにこの森の番人になる方法を提示した。


その違いはやはりネモフィラ夫人が身を挺して2人を守ったことだろうか。夫人はピピがこうなることを願って守ったのか?それともなにか別の意図があるのだろうか。


バッシュはネモフィラ夫人とエドワルド三世の亡骸を見つめた。夫人はなにを思ってこの双子を守ったのだろうか。

知りたい時にはもう聞くことはできなかった。


「シュヴァイツァー。亡き人の意思を伝えるのも、我々葬儀屋の勤めだろう」

「ああ〜…!」


そう言われてシュヴァイツァーはこれ以上口出ししても無意味だと悟ったのか勝手にしろ!オレは知らんぞと言ってそっぽを向いてしまった。するとピピがポツリと呟いてた。


「その…番人になるって、具体的にはどうなるんだ?」


その質問に呼応するかのようにヴァルの胸元がぼんやりと光った。


『そ〜れ〜は〜ね』


まるでポンっと音が鳴るかのように軽快に出てきた光の球は空中を飛び回った。空中浮遊する怪奇な光の球にププとピピは目を丸くした。


『番人になるってことは神明と契約してこの土地の守護者になるってこと。この一帯のあらゆる生き物の思念や信仰から力を得る。その代わりに、番人の体と魂は土地に拘束されるの』

「拘束…」ピピはその意味を理解するように口の中で言葉を復唱した。


拘束、ということは番人である限りピピはこの土地から出られなくなる。しかも人魚の肉を食べたピピは永遠にこの土地に拘束されるのだ。

その言葉の上部をなぞるだけでもバッシュはゾッとした。それに双子のププは人魚の肉を食べていない。


「永遠に…か」


ピピは天を仰いだ。

つられて一同も空を見上げた。木々の隙間からいくつかの星が慰めるように瞬いた。空に輝くあの星は永遠にあのままなのだろうか。バッシュの頭の中に浮かんだ疑問を打ち消すようにヴァルの声がした。


「どうするかはピピ、君次第だ」

「……」

「ピピ…」

「ププ…姉上様はこうなることを望まれていたのかな…」

「わからない。でも…これまでのことを私たちは償わないといけない」

「…そうだね、ププ。オレは償わないといけない」


それで償えるかは分からないけれど、とピピはやや自嘲的に笑った。その頬をそっとププの手が包んだ。


「ピピ、私もいるよ。2人でがんばろう」

「ププ…」


「ごほん。あーお二人さん。感動的な場面で悪いが、あまり遅くなるとケガレがよりついてくるぞ」


そもそもこの辺一帯があまり良い雰囲気じゃないからな、とシュヴァイツァーが背中を向けながら言った。


「時間がないのは確かだ…気持ちが定まったら2人の松明をもって夫婦を荼毘に伏してほしい」


ヴァルはピピの背中をそっと押した。

その力に押されるままにピピは夫婦の亡骸へと足を向けた。両手に持った松明の火がピピの決意を表すかのように燃えた。

ピピは決めたのだ。


ピピは手に持つ松明を傾ける。

白く枯れた木は驚くほど簡単に火がついた。

火は意志を持っているかのように蠢き、揺らめき…やがてエドワルド三世とネモフィラ夫人の白い亡骸は赤い炎に包まれた。その火はどんなに激しく燃えても他の木々には燃え広がることがなかった。


「ああ、姉上様…兄上様…」


ピピの瞳から大粒の涙が溢れた。

4人が重ねてきた長い時間も燃えて煙となって消えていく。後に残るのは永遠に贖い続ける罪か。それとも。


「…これからの時をどう過ごすかは自分自身が決めなくてはならない」


ヴァルは独り言のように言った。


「不自然な永遠をもたらした罪に対する贖罪の時を過ごすのか。それとも夫妻が守ってきたこの森を守るのか…それはピピ。君が決めるんだ」


ヴァルはピピに対して言ったのか。バッシュは隣のヴァルの様子をそれとなく伺った。炎の明かりに照らされて少し俯き加減の黒衣の葬儀屋はまるで自分自身に言い聞かせているように見えた。


◇◆◇◆


不思議なことに巨木はあっという間に燃え、白い炭と燃えかすの中から出てきたのは2羽の蝶々だった。蝶々は夫婦の霊体を現しているのだろうとシュヴァイツァーが言った。夫婦揃って蝶々とは、最後まで仲良しなんだなとも。

それを聞いてバッシュは少しホッとした。


ヴァルはトロントをあの不思議な鏡に通すとロバのような小馬は見事な霊馬となって現れた。


「これが最後の別れだ」


トロントの荷馬車に積まれた蝶々を前に双子はぐしゃぐしゃの顔でしがみついた。やがて別れを終えるとトロントは動き出し、空に向けて駆けていく。白く輝き、光が当たると虹色に煌めくトロントは何度見ても壮観な眺めであった。


トロントの姿を見送ると東の空が明るくなるのが見えた。朝の予兆を感じながらバッシュはグッと体を伸ばした。


「…ありがとうな」

「へっ?」


後ろから声を掛けられてバッシュは思わず間の抜けた声を出した。ピピだった。泣き腫らして酷い顔をしていたが、幾分スッキリしたような顔にも見えた。


「お前達とあの時会わなければ、いずれそのケガレというものに飲み込まれていたのだろう」

「まぁ…仕事だったし」


それでもありがとう。真っ直ぐと見つめる瞳に照れ臭さを感じてバッシュは頭を描いた。


「なんて言えばいいかわかんねぇけど、お前がんばれよ」

「ああ」

「なんかあればオレ、まだ若いし!まぁ手紙でも送ってくれよ」

「人間と文通か」


ピピはふっと笑った。

ひとときの安らぎとこれからの事の間に挟まれながらハーフエルフの少年はそれでも目の前の人間の気遣いを感じて胸の中が暖かくなるのを感じた。


考えておくと言ってもピピは背を向けて歩いて行った。


◇◆◇◆


梟の森では遺産の目録作りをしたが、今回は引き継ぐ番人が目の前にいるという事で目録作りはしなかった。


周囲を片付けながら森を出る準備しているとネモフィラ夫人の遺書が見つかった。遺書の中身をププとピピが確認するとヴァルの言っていた通り、ネモフィラ夫人はピピを番人の後継者とするよう指名していた。それを見たピピはまた瞼が腫れるほど号泣した。ネモフィラ夫人は最後まで双子のハーフエルフのことを心配していたのだ。

ヴァルの読みが当たっていたことにバッシュは驚いた。ヴァルの様子を見ていると他人の心の機微など興味が無さそうに見えたし、実際バッシュの気持ちには鈍感であった。



◇◆◇◆


「遅くなって悪かったな」


シュヴァイツァーは半壊した城の中からスコップを見つけると友のための永遠の寝床を作った。冷たい土を掘り返す重労働はヴァルとバッシュと3人で交代で行った。

1人が眠るには十分な深さまで掘ると慎重にその穴に友の亡骸を納めた。


「コイツも最期は葬儀屋として死んじまったなぁ…」


シュヴァイツァーはしみじみと言うと短く祈りを捧げ、やがて友の体に土の布団を注いだ。棺桶を用意することも出来なかったのが心残りだ。そう言いながらシュヴァイツァーは黙々と土を壊れかけのスコップで掬った。


「なぁ、葬儀屋は番人みたいに葬送儀礼はしないんだな」バッシュが疑問を口にした。

「ああ…まぁ、オレ達自身は死んでもケガレに取り憑かれるほど強い力を授けられてる訳でもないからな」

「ふーん…何か特別な力とかメリットでもあるのかと思った」

「メリットはあるさ。番人からの遺産でそれなりに暮らしは裕福だ」


いつも貰えるとも限らんけどな、とシュヴァイツァーは笑った。


「それならなんでアンタ達、葬儀屋なんてしてんの?」


バッシュは疑問を深めた。

時には死ぬほどの困難に合うというのにそれに見合うメリットがあるのだろうか?

その疑問に老人で医師で葬儀屋はふむと僅かに考えるとバッシュの方を向いた。


「坊主にはまだ分からんと思うが、これがオレ達の“運命の仕事”だからさ」

「仕事なら他にもあるだろう?」

「だから運命なのさ」


まぁ、そのうち分かるさ。白髪の老人は雑に会話を切り上げるとスコップに土を掬い上げる作業に集中した。バッシュは納得のいかない顔でそれに続いた。

やがて土がこんもりと盛り上がると手を止めた。適度な石を掘り返した新しい土の上に置くとキランがあたりから積んできた花々を置いた。それでようやく墓らしくなった。


シュヴァイツァーの友人の墓を作り終えるといつのまにかトロントが戻ってきていつも通り草を食んでいた。

ヴァルがトロントをご苦労様と言ってひと撫でするとププとピピがやってきて、労働の対価を支払いたいと言ってきた。遺書に書かれていたのだろう。じゃらりと鳴る小袋をヴァルが受け取り、ヴァルはバッシュに手渡した。報酬には十分な重さだった。


「明るいうちに街道まで急ごう」


ヴァルにそう言われてバッシュが返事をしているとピピがやってきて「ん」と小袋を差し出された。


「なんだよ」

「これを、できれば持っていって欲しい」


差し出された小袋の中身を覗くと青くグラデーションに彩られた小さな宝石…いや、鱗。


「人魚の…鱗だ」

「ウロコ!?」

「そうだ。できれば森の外に出して欲しい」


自分勝手だが、もう見たくないんだ。頼む。ピピは頭を下げた。プライドの高いピピが頭を下げるのを見てよっぽどだと理解したバッシュは受け取った小袋の紐を閉じて自分の荷物の中へとしまった。


「仕方ねーな!」


まぁどうにかするよと言ってバッシュは笑った。実際、どうにすれば良いのかは検討もつかなかったが、ピピの背負うものが少しでも軽くなれば良いなと思ったのだ。ピピはホッとした顔で礼を言った。


やがて4人と2匹は双子のハーフエルフに見送られて深部の森を出る緑のトンネルまで来た。


「色々ありがとう…アンタ達に出会えて良かったよ」

「本当にありがとうございました」


双子は深々と頭を下げた。双子に見送られて緑のトンネルを潜ると次第に出入り口は木々の伸びる枝葉に遮られていく。


「手紙ー!書けよー!」


バッシュはトンネルが閉じる瞬間に大きな声を出した。聞こえたのかどうか分からないが、ピピが手を振ってそれに答えたような気がした。


「オレの寿命ってどんくらいなんだろな」


死ぬまでやり取りしたらどのくらいやり取り出来るんだろうか。バッシュは手紙のやり取りを数えるように指を折って計算しているとその様子をヴァルが見て笑った。


「な、なんだよ」

「バッシュらしくていいな」

『番人と手紙のやり取りするなんて葬儀屋聞いた事ないわ』


静かにしていたリヒトが大きな声を出して飛んだ。呆れたようなその声にバッシュはムッと顔を歪ませた。


「別にいいじゃないか」

『バッシュくん。あまり私情を挟みすぎるとあとが辛くなるだけよ』

「まあまあ、リヒト。今回も無事に終わったことだし」

「ヴァル!バッシュにちょっと甘いんじゃない!?」

「甘くない!そもそも行き先の変更を我慢しているのはオレの方!」


バッシュとリヒトの喧嘩に挟まれてヴァルは困った顔をしているとシュヴァイツァーが声を掛けてきた。いつの間にか深部の森を抜けて人間が踏み入れられ領域まで戻ってきたらしい。


「じゃあヴァル。オレ達はコイツの形見を家族に渡しに行くよ」

「大丈夫なのか?」

「ああ。元々何かあればそのつもりだったからな」


シュヴァイツァーは古布に包まれた木こりの形見である斧を持ち上げた。


「お前らも気をつけろよ」

「シュヴァイツァー、元気でな」

「ああ、ヴァル。お前もな」


ヴァルとシュヴァイツァーは握手すると互いに気遣いの言葉を掛け合った。バッシュはキランの方へ駆け寄ると荷物からあの狼藉者から受け取ったチョコレートの板を半分に追って手渡した。


「あいつからの貰いもんだけど…良かったらあげるよ」


キランは半分に割れたチョコレートの板を両手で受け取るとにっこりと笑った。それから声の出ない唇を大きく動かした。


「…っ、……っつ……!」

「えーと…あ・り・が・と・う?」


バッシュはキランの唇の動きを読み取って発音した。合っていたようでキランは嬉しそうに上下に頷いた。


「お前も大変だと思うけど、お互いがんばろぜ」

「……!」


バッシュが握手を求めて手を差し出すとキランは顔を赤てその手を握り返した。キラン、行くぞーとシュヴァイツァーに声を掛けられてすぐに手は引っ込んでしまった。

自分よりも小さい手のひらと柔らかな感触に不思議に思いつつバッシュはヴァルとトロントそして黒犬エゾフの後を追いかけるように走った。


森の奥まで照らすような太陽が頭上高く登っていた。青い空が見える。久しぶりに見た空の青さと荷物の奥底で静かに眠る人魚の鱗の色が似ている。海もあんな色をしているのだろうか。バッシュは走りながらまだ見ぬ海の想像を膨らませた。そう遠くないうちに海を見ることも知らずに。

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