緑のトンネルを抜けて
木々のトンネルを歩く間にヴァルは夢の中で起こった出来事をシュヴァイツァーに話した。シュヴァイツァーはそんなことが、いやしかし…と、繰り返した。
そうだ。
まともならばこんな話は信じられないだろう。
「その…疑うわけじゃないがそのケガレは本当に夫妻の子供の姿をしていたのか?」
「疑ってるじゃん」
「いや、まぁ…ケガレが言葉を解するだけでも驚きだが、子供の姿を完全に真似ていたということだろう?」
なおさら、そんな事が起こっては堪らないとシュヴァイツァーは白髪頭を左右に振った。
「そんな事がそもそも可能なのか?ケガレは生き物の残穢。“命”からこぼれ落ちた残り物じゃなかったのか」
「従者の記憶を見た限りではかなり早くに子供達は夭折していた。おそらくは…夢という場所を媒介にしてエドワルド三世の妄想が入り混じった結果かもしれない」
あるいは。と、そこでヴァルは話すのをやめた。
「あるいは、なんだよ?」
バッシュは続きを促した。
夜の森の中を、しかも左右天井を木々に覆われているのだ。暗い中を辛抱して歩いてはいるが、内心恐怖と不安で押しつぶされそうだ。
ヴァルの肩に停まるリヒトの明かりだけが頼りだった。
なんでも良いから誰かに話していてほしいと願ったのだ。
「誰かが意図的にあのケガレに細工を施して、今回の結果を引き起こした」
「なんだそれ…」
あの異形になにかを施すという事が可能なのだろうか。可能だとすれば、それならそれはどこの誰が、どういった目的でそんなことをしているのか。
「過去にはいた」
『ヴァル、やめた方がいいんじゃない?』
リヒトがヴァルを制止する。
その声色は若干心配の気配を忍ばせていた。
「いた…?」
「ああ。でも、私が殺した」
なにげなしにするりとなされたヴァルの殺人の告白。あのケガレとの格闘や寝起きからすぐさま狼藉者を撃退したのを見ていれば、ヴァルが只者でないことは分かっていた。
分かってはいたが、唐突に罪の告白をされて面を食らってしまった。
シュヴァイツァーでさえ、なにも聞こえなかったというふうにただ黙って足を前に出す。
大人はずるい。
自分の中で理解を超えたものを理解しないで良い術を持っているのだから。
その術を持たないバッシュの頭は大変なことになった。
それは、どうしてなんで何処の誰?そんな問い掛けはしかし、される事はなかった。頭の中の疑問は折り重なって重たい空気となった。
バッシュは先ほどの会話でやめておけば良かったと後悔した。
ようやく緑のアーチを抜けて一行の目の前に現れたのは、やはりあったというべきか。エドワルド三世とネモフィラ夫人、エルフの双子姉弟ププとピピ---そして夫婦の子供の姿を乗っ取ったケガレ---のいたあの中庭のある城だった。
しかし、その城も夢の中とは随分と様子が違っていた。城の城壁は至る所が崩壊しており、壊れた城門は開かれたままであった。
ヴァルたち一向はみな無言のまま城門をくぐり、城壁の内側へと入っていった。
美しい芝生も、刈り込まれた庭木もない。
そこにあるのは壊れたガゼボと白い幹の巨木であった。
巨木は暗闇の中でうっすらと発光しているように見える。そしてよく見るとその巨木の表面が凸凹しており、それは人の、女の形をしているのが分かった。
西の国のハイエルフにして、エドワルド三世の妻。そして3人の子供を産みながらみな死に、最期は自らも樹木病で命を落とした。
ネモフィラ夫人であった。




