時間停止の懐中時計
このクソジジイ只者ではない。戦闘に関しては素人同然のシュヴァイツァーでも分かった。この男を打ち負かすなど自分には到底出来ないだろう。ならば、時間稼ぎの足止めに徹するほかない。
シュヴァイツァーは愛用の懐中時計に触れてそして“願った”。
それは自身の寿命と引き換えに自分以外の時を止める“魔道具”であった。この魔道具を手に入れた経緯はここでは省こう。
なんにせよシュヴァイツァーはこの魔道具に何度も命を救われてきた…たとえそれが結果的にシュヴァイツァーの命の蝋燭を短くしていることになるのだが、背に腹は変えられない。
狼藉者の斬撃から逃れるために時を止め、魔道具の存在を暴かれた。暴かれたといってそれで時を止めるというシュヴァイツァーの有利さは失われていない。しかし、シュヴァイツァーの体力は限界に近かった。
1番したくはない方法だがもう、こうするしか…。
シュヴァイツァーは時を止めた数秒の間に決意をした。止めていられる時間は長くはない。自分の持つナイフを狼藉者の首に近づけた。時の停止を解放した瞬間に殺すのだ。
それしか方法はない。
あの男が推理したように時を止める間、シュヴァイツァーだけが一定の時間と空間内を自由に動ける。その反面、力の作用は失われた。
時間を止めている最中にナイフで男に傷を負わせるだけ負わせたり、男を刺し殺すといった一方的な加害は出来ない仕組みであった。
男を殺すためには時間の停止を解除しなくてはならない。
シュヴァイツァーは決意して、時間停止の解除を願った。その瞬間…男と目が合う。心なしか勝ち誇ったように笑っているようにも見える。
時を止め、シュヴァイツァーが自分の体を動かして再度スタートする…その位置から何故男と目が合うのだ?違和感。
得体の知れない恐怖に押し出された力のままシュヴァイツァーは男の首にナイフを突き立てたーーー。解除ッ!!
「生憎こっちは、プロなんでねぇ!」
停止から解放された狼藉者はシュヴァイツァーが突き立てたナイフの切先で頬を切りつけられながらも致命傷を回避した。
なんという身のこなし!
時が止まる前にすでにシュヴァイツァーが自分を直接殺して止めに来ると予想して、在らん限りの体のバネを使い回避行動を取っていたのだ。バケモノめ!
素人のシュヴァイツァーのナイフの速度を上回る速さで逃れ、そしてその大柄な体躯には見合わない軽やかさでシュヴァイツァーの背後を取った---殺される。
が、シュヴァイツァーはロングソードの斬撃に襲われることはなかった。狼藉者はシュヴァイツァーを通り越してその背後で眠る2人に狙いを定めて目掛けて駆けていく。
「さっさと仕事を片付けさせてもらうぜ!」
男はロングソードを振り上げた。その瞬間、エゾフが男の足元を狙い噛みついて阻止しようとするが寸前のところで躱され、逆に鼻先を蹴り上げられてエゾフはキャンッと悲痛な悲鳴をあげた。
時間を停止できる範囲をすでに超えてしまっていた。シュヴァイツァーが走っても男には追いつけない…。
「悪く思うなよッ!」
眠る2人の元へ着いた狼藉者は躊躇うことなくその首目掛けて恐ろしい風切り音と共にロングソードが振り下ろされた。
その時。
ポンっ…ころころころ…。
間の抜けた音を立てて狼藉者の足元になにかが転がってきた。石…いや、ボール?
注意を奪うのはそれで十分だった。その歪な球体には魔術師が使う古の文字が描かれていたのを男は見逃さなかった。が、回避行動を取るには僅かに遅かった。しまった。そう思うより先にあたりは太陽のような強い閃光が迸った。
閃光魔光弾。
魔術式の書かれた硬い紙を幾重にも塗り重ねて紙玉を作る。中の空洞に一定の魔力を込めて投げ、衝撃が加えられると紙玉の中の魔力が解放され強烈な光を放つ。魔術師が護身用に使ういわば目眩しであった。真っ白な光の刃は男の視界を奪い去る。
やはり、女のガキを先に殺すべきだったか…!
限定的とはいえ視力を失った中で男は自分の判断の過ちに舌打ちをした。とはいえ、オレもみくびられたものだな。視界を失っても、男は自分とその他の立ち位置を正確に把握できた。
眠る2人組。
子供の位置はほぼ剣筋の真っ正面。
あーめんどくせぇ。全部斬っちまうか。
眠る2人の前には言葉を失った魔術師の娘、キランが立っていた。剣の軌道は完全にキランに向いている。
「キラン!!!逃げろー!!」
シュヴァイツァーは思わず叫んだ。
逃げろ。逃げてくれ。やめろ。やめてくれ。お願いだ。なぜもっと早く駆け出していなかったのか。なぜキランをこんな危ない森へと連れてきてしまったのか。様々な後悔が頭をよぎり最後には最悪の想像がシュヴァイツァーの頭を埋め尽くした。キラン目掛けて振り下ろされる。少女は目をギュッと閉じた。
ギィイイン…!!
金属同士が強く叩きつけられる不快な音があたりに木霊した。




