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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第3章 夢の国で会いましょう
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霧の中から現れたのは

時折、あの国で生活していた頃を思い出す。


未練がある訳ではない。

懐かしむためでもなかった。

ただやはり考えずにはいられなかった。


頭の中に残る記憶のほとんどは灰色と黒色に塗り潰されている。いや、実際そうであった。


あの国の黒色と灰色の軍服は何度となく袖を通してきた。あの国では正装が軍服であった。

黒と灰の軍服に身を包みドラゴンに跨るのだ。


ドラゴンにはマケドニアの王直系親族しか乗れない。はるか昔、初代マケドニア王が神明からドラゴンを与えられた時の契約でそのように伝えられていた。確かに血統でない者がドラゴンに迂闊に近づいて喰われることがたびたびあった。ドラゴンに乗れることが権力の象徴として認知され、そのためにあの国は血統主義が蔓延った。


国土のほとんどがドラゴンが住まう標高の高い山々に囲まれて作物などろくに育てられない為にあの国はいつも飢えていた。

山を越えれば黄金の稲穂が揺れる豊かな『王国』があり、父王はいつも爛々と目を輝かせてどうすればあの国を蹂躙できるのか?を幼い頃の時分に聞かされた。しかし、それはいつも叶わずあの国は金の為に他国の傭兵として良いように扱われていた。父王はドラゴンの乗れる自らの血縁と兵を『出荷』する。


そして死、死、死、死…。


王位継承権の持つ長兄として自分は模倣的に振る舞っていた、はずだ。いや、どうであろうか。眉を顰める右大臣、呆れ顔の左大臣、戦争ありきで勧めていく父王。

そしていつも無表情の弟の顔で夢の中の回想は終わり、朝が来た事を知る。


ここ最近いつもこの夢ばかりを見るな。


エドワルドはベッドから起き上がるとシワの寄った眉間を指で伸ばした。いけない。ネモフィラに人間は歳をとると皺が増えるのねと言われたばかりだ。これ以上皺が増えることのないようにエドワルドは祈りながら指先で皺を伸ばし、ため息を吐いた。


「早速ため息なんて、ずいぶんな朝ですね」

「ああ…ピピか」


「マケドニアにいた時の夢を見ていたんだ。ピピは見たことがないかもしれないが、あの国には馬よりずっと大きな翼の生えたトカゲがいるんだ」


エドワルドは両腕を在らん限り大きく伸ばした。翼の生えたトカゲの大きさを表現したのだ。

私はこれでもこんなに大きな空飛ぶトカゲに乗っていたんだ。でも今だから言えるが、空を飛ぶのはあまり好きじゃなかったよ。

エドワルド三世はそう言った。

ピピは窓のカーテンを開けながら答えた。


「空飛ぶトカゲの話は前も聞きましたよ」

「そうだったかな」


ピピが持ってきた洋服に袖を通しながらエドワルド三世は窓の外を見た。窓の外は濃い霧が漂っている。白い霧で視界は不良だったが、子供らの声が聞こえた、ような気がした。


「こんなに霧が深いのに子供たちとネモフィラは外で過ごしているのか?」

「霧…?」


エドワルドの着替えを手伝い始めたピピは小さな声で「そんな…」と言った。


「兄上様、今日は狩りをするのによいお天気ですよ…?」

「ははっなにを言っているんだ?」


こんなに霧が濃いじゃないか、と言ってエドワルド三世は窓を指差した。ピピはギョッとして顔をして、それからひどく青ざめた。


「さっきからどうしたんだ?具合でも悪いのか?」

「い、いえ…!そ、それよりも朝食がまだでしょう」


無理やり窓から引き剥がされる。

どうしたというのだろうか。


従僕のおかしな所作にエドワルド三世ははたと考え、これはみんなで自分を驚かせる『仕掛け』でもしているのかなと考えた。子供たちは朝から準備していたのだろうか。それならば自分の朝寝坊でずいぶんと待たせてしまったことになる。これはこの館の主人として出向き、子供らの仕掛けに乗ってやらなくてはならない。

エドワルド三世はピピが止めるのも省みず、鼻歌混じりで中庭へと足を躍らせた。


ここはずっと楽しいことばかりだ。

最愛の妻と自分の血を分けた子供らと過ごす時間がこれほどに尊いものだとはーーー。


『子供たちはみな死んだよ。兄さん』


白い靄のかかる窓に弟の顔が映る。


「ジョシュア…」


『現実を認めるべきだ』


それはリアリストで合理主義の弟が兄を諭すときに言ういつもの口癖だった。ネモフィラを帝国の妻として迎えると言った時もそうだった。


弟は『現実を認めるべきだ』と言って、外部の血を入れることに反対する父王と参謀たち、そして国民の言葉をエドワルドに伝えた。

ネモフィラと結婚することができないと言うのなら、自分が王位継承権を放棄すれば良いのだろう。長子エドワルドの前代未聞の継承権の放棄に国中が騒然としたが、帝国会議では呆気なく認められてエドワルド三世は『単なるエドワルド』となった。


父王は我が子への少なからず愛情があったのか。マケドニア帝国の自治領として認められるこの地をエドワルドに与えた。


窓に映るここにはいるはずのない弟に驚くことなく平然としている自分にかえって驚いた。エドワルドは答える。


「そんなことあるワケ無いじゃないか」

『なら自分の頭の中を探ってみろよ。子供たちと過ごした記憶があるというのか?』

「なにを馬鹿な事を…」


そう言いながらも、エドワルド三世は自分の頭の中の引き出しをつぶさに開けるように思い出そうとした。だが、思い出せない。窓の外の霧のように、白く靄がかかっていているように感じた。いや、しかし。


「お前だって生まれた私の娘にプレゼントを贈ってくれたじゃないか」


あの濃い緑色の、見事な子供のドレスを…。


『ああ…』


そんなこともあったな、という風にジョシュアが目を節目にさせた。よからぬ企み事をする時に見せていたその顔は継母にそっくりだなとエドワルドはふっと思った。


『着てくれたのか…いや、兄上なら着せるだろうと思ったよ』


ジョシュアはふっと笑った。

その笑い方に少々ぞくりとした。エドワルドは自分の心の中に不快な気持ちがあるのに気がついた。

どうしてそんな笑い方をするのだろうか。


兄上ー!と、大きな声でピピが読んでいる声が聞こえてエドワルドは我にかえった。


「…中庭で子供たちが待っている」


もう行かなくては。

エドワルドがそう言って窓を見るともう弟はいなかった。


代わりに窓の外にはネモフィラの待つガゼボと、そのすぐそばには大きなカエルのような黒い生き物と星のように輝く細剣を構えた男とも女とも見分けの付かない漆黒のマントに身を包む人間がいた。

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