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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第3章 夢の国で会いましょう
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『いつも通り』のテーブルセット

ププは食卓の飾り付けをしていた。

これはこの城で働くようになってから覚えた仕事の一つで、ププはこの単純だが美しい仕事を愛していた。


テーブルクロスを敷き、花を飾り付けゲストが座る位置を表す皿を奥とそのそばにナフキンとカトラリーを並べた。


テーブルの飾り付け仕事を教えてくれた人間は何十年も前に死んでしまった。彼女の名前はなんといっただろうか。もう生きていた時よりも死んだ時の方が長くなっていた。ププは彼女の顔を思い出す前に、墓石に刻まれた名前を思い出していた。彼女の作ってくれた焼きプリンはこの世のものと思えないほど美味しかった。彼女は今もこの城の中庭の冷たい土の中からププの仕事を見守っている、はずだ。


もう何百回、何千回と行ってきたこの仕事はつい最近まで2人分の用意する事が日常であったがここ最近は客人の分も用意することが増えた。

つい最近もお姉様と話がしたいと言ってやって来た人間の老人は3回目の食卓でおかしくなってしまった。

顔を恐怖に歪ませて大きな声を出し、そのまま城を飛び出して森の中へと消えてしまった。

馬鹿な人間だ。この城を出て森の中に行けばもう2度と夢から覚めることが出来ないまま、この城に戻ることも出来なくなり永遠に森の中を彷徨い歩くことになるだろう。


食事用ナイフに曇りひとつないことを確認してププは皿の脇へと並べる。


本当ならばエルフである姉上様やハーフエルフのピピとププも人間ほどの頻度で食事を必要としない。人間とは違う時間が流れているのだ。

そして、ある時からは兄上様も食事を必要としなくなった。


しかし皆、食事を必要としないはずなのに決まった時間になると誰が言うでもなく食卓の席に集った。本能的に必要としていたのだ。この日常の場を。日常の残りを懐かしむかのように、同じ話を繰り返す食卓を。


食卓の飾り付けを終えるとちょうどエドワルド三世とネモフィラ夫人が連れ立ってやって来た。


「ププ、いつもありがとう」


エドワルド三世がいつもの通りププに感謝を述べた。何百回、何千回と聞いたその言葉はププの心の中にかけがえのない喜びをもたらした。ププにとって労働とは奴隷商人の機嫌を損ねないように働くことで、感謝されるものではなかったのだ。それがここに来てからはどうだろうか。エドワルド三世もネモフィラ夫人も二人の幼いハーフエルフを慈しんで接した。


ププはいつものようにニコリと微笑んで、次にネモフィラ夫人の椅子を引くとすかさずエドワルド三世が夫人を席までエスコートした。


全て『いつも通り』だった。


エドワルド兄上様とネモフィラ姉上様。

この二人はいつまででも仲睦まじかった。


それはあの日、ププとピピが奴隷商人から逃げ出しこの森を彷徨い、ついには歩くこともできなくなって死ぬことを覚悟した時。

巨木の根の上に横たわっていると、ププとピピは今まで見たこともない美しい馬車に乗ってエドワルド夫婦は現れた。

結婚式が終わって、この先の居住する城へ行く途中なのだと言った。

姉上様はボロ雑巾のような2人を見ると憐れんで、同族のよしみから城で手当てしてくださった。兄上様と一緒にいる人間はみな、ププとピピを奴隷商人のように耳長と侮ることなく優しく時には愛情を持って厳しく接した。


ププとピピは物心着いた時にはもう奴隷商人の元にいて、失敗すればムチで罰せられるような環境にいた。だから、今までの人生でこれほど他人から愛を受けたことが無かった。

「行くところがないのなら、好きなだけいれば良い」と言われていつか追い出されるのだろうと戦々恐々としていた幼い2人はほっとした。


そのうち幼いながらに考えて二人で話し合い、なにか出来ることはないかと人間たちの真似をして働き出した。

ププは女中から城の中の仕事を学び、弟のピピは兄上様の近衛兵から剣術や護身術から狩猟の仕方を覚えた。


姉上様も兄上様もいつも優しく言葉を掛けてくださった。姉上様は2人の髪が伸びれば櫛を入れて解かし、奴隷時代を思い出して眠れぬ時には額にキスをしてくれて、本当の姉弟のように可愛がってくれた。その優しさは愛に飢えた2人にとっては麻薬も同然だった。


そしてその優しい甘い汁を吸うために、こうして今も城で働いていた。そうする事が兄上様と姉上様への恩返しになると信じて疑わなかった。疑う余地などない。疑う、余地など。


ププの頭の中は勝手に考えを進ませた。なるべくいままで考えないようにしていたことを考えている自分に驚いた。


この状態はあの客人たちから見てどう映るのだろうか。


最初に来た老人はすぐに狂った。

同じ会話、同じ行動、そして姿の見えない子供達の話を嬉しそうに繰り返す兄上様を見て、そしてそれにピッタリと寄り添う姉上様を見てあの老人は恐怖に慄いた。

ここにいれば自分もそうなるかもしれないと考えたのだろうか。だから逃げ出したのかもしれない。


次にやって来たあの2人組はどうだろうか。中庭のお茶会ではおそらく出会った時と同じ話をした兄上様を、あの少年の気味の悪そうな顔で見ていた。


霧の立ち込める中、いつも通りのお茶会に姉上様はあの客人たちを招いた。そして姉上様はあの二人に樹木病のことまで話したのだ。


姉上様はあの男とも女ともわからない人間とそれと一緒にいる少年になにを望んでいるのだろう。私達では叶えられない望みを、あの二人が、姉上様が『葬儀屋』と呼ぶ人間が叶えられるというのだろうか。

そう遠くないうちに姉上様の体に芽吹く『死』の苦しみから解放してくれるというのか。


ププは従僕たちから『死』の先を教わっていた。あの冷たい土を掘り返し、狭い箱に動かなくなった肉体を詰めて埋めるのだ。何故それをするのか、ププにはいまだによく分からなかった。よく分からないまま埋めた。それはあまり好きな仕事では無かった。


姉上様の手が木のように変わりはじめたのは最近のことだった。無論『最近』というのはエルフたちの時間間隔での話だ。人間の時間では赤子が成人を迎えるほどの時の流れかもしれない。

美しかった白い指先が徐々に枯れ枝のように朽ちていくのを心配して尋ねると姉上様は微笑んで『終わりが来たのだ』と言った。


終わりとは、つまり姉上様もいままで死んでいった兄上様の従僕たちのように『死んでしまう』のだ。

想像するだけで恐ろしい。

姉上様が永遠にいなくなってしまうなんて。

あの優しい言葉も、優しく眼差しも。

私達はいずれ『死』を迎えた姉上様を狭い箱に閉じ込めて冷たい土の中に埋めるのだ。そして次第に姉上様を思い出す時にはププに仕事を教えてくれたあの人間のように、いずれ顔も声もわからなくなって墓石に刻んだ名前ばかりを思い出すようになるのだろうか。


いやだ。いやだいやだいやだ。


ププはその場で叫びたくなるのを我慢した。


ーーーでも、本当ならばもうとっくにこの『4人だけ』の日常は終わっていたはずなのだ。


本当ならば。



「ーーーっい。オイ、ププ」


客を連れて来たぞ。

自分と同じ顔をしたハーフエルフが言った。


「顔色が悪いぞ?大丈夫か?」


ピピは心配そうにププの顔を覗き込んだ。その表情が嘘偽りのなく心配していることを片割れのププはよく知っていた。

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