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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第3章 夢の国で会いましょう
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食卓

招待をされた食事の席に並ぶ料理の豪華なことにバッシュは驚いた。孤児院の聖誕祭もこんなに豪華だったことはない。孤児院の悪ガキどもの顔がふっと思い出した。

あいつらにもいつかこんなものを食べさせてやりたいなぁ。バッシュは郷愁を感じて切なくなった。が、それもすぐに掻き消えた。


バッシュはテーブルマナーのことなどなにひとつ知らなかった。


「楽にしてくれたまえ。私たちはもう貴族でもなんでもないのだ」


長いテーブルの先にエドワルド三世とネモフィラ夫人、その人がいた。


「紹介しよう。私の妻、ネモフィラだ」


ネモフィラ夫人はその名の通り鮮やかな青い長髪だった。元々の巻毛を活かした髪型と頭に飾られたティアラは夫人の魅力を引き立てた。

そのティアラの脇からは夫人が人間以外の生き物である事を示す長い耳が伸びていた。

その耳はププとピピよりもおそらく長かった。耳の長さでなにか違いがあるのだろうか?バッシュはそれとなく夫人と壁際に控える2人の従僕を見比べていたが、分かることはなにもなかった。


「ふふっ少年よ。私の妻に一目惚れでもしてしまったかな。いや、なにも言わないでくれ。彼女の美しさは世の男全てを堕落させる」

「旦那様。なんだか悪魔的な言い方ね」

「そうだ。君の美しさは悪魔的だ。私は心臓を奪われてしまった哀れな子羊だよ」


エドワルド三世がネモフィラ夫人の手を取りそっとキスをしたところでバッシュは視線を逸らした。2人のやり取りを見て良いものなのか、どうなのか分からなかったのだ。


「ぜひお二人の馴れ初めを伺ってもよろしいですか?」


初めて会った人間を前にしても隠すことのないこの2人の度を超えた仲睦まじい様子を見て、ヴァルはなにを聞くのであろうか。バッシュは思わずヴァルの顔を覗き込んだ。

ヴァルは涼しい顔をしてそれを受け流した。


ヴァルの言葉にエドワルド三世は「おお、よくぞ聞いてくれた!」と、饒舌さを加速させて夫婦の馴れ初めを話し始めた。


ーーー


エドワルド三世とネモフィラ夫人の愛の逃避行譚が終わる頃にはピピとププの手によってほとんどの料理が運ばれた。貴族のようなエライ人間が食事をする時はお仕着せメイドや女中などがするものではないだろうか。ププはその格好からして給仕に違和感はなかったが、ピピはあからさまに嫌だという表情が顔から滲み出ていた。

バッシュは出されたチーズを齧った。苦味がある。大人はこれをコクがあるというのだろうが、バッシュにはその旨さが分からなかった。


2人は外国の社交界で出逢ったそうだ。エドワルド三世は当時の父帝の代わりに。ネモフィラは人間の社会見学という名目の外遊。2人は出逢った瞬間に恋に落ちたーーー人間界の新聞を騒がせた愛の逃避行の内容については割愛しよう。

エドワルド三世は王位継承権を捨て、ネモフィラは西にあるというエルフの故郷を捨てた。


国や種族の垣根を越えて結ばれたエドワルド三世とネモフィラ夫人。2人が並ぶとそこだけおとぎ話の世界のように見える。事実、ここは夢の中なのでおとぎ話と言っても過言ではなかった。

そうなると、この2人が主人公でヴァルとバッシュはさしずめ2人の仲を裂こうとする悪役であろうか。


エドワルド三世は食事の最中も森の中と変わらぬ快活さでよく笑いよく話した。そこにはどこにも死の影が見えなかった。むしろネモフィラ夫人の方が線の細さも相まって、病弱そうな印象をバッシュに与えた。


「私たちの話ばかりしてしまったな。客人が来てくれたことがつい嬉しくてな」

「殿下のお話、楽しく拝聴させていただきました」



「ヴァル達はこれからどこに行くところなんだ?」

「王国まで行くところですが、かなり道を外れてしまったようですね」

「王国か!それでは道がずいぶんと違っている。とんでもない旅だな」

「地図がないと分からないのですが、もうマケドニア帝国領に入っているのでしょうか?」

「あとで正確な地図をお渡ししよう。正式にはマケドニア帝国領ではないんだ。ここは戦争好きの父帝が先の戦争で手に入れた賠償地なのだよ」


エドワルドはなにがそんなに戦争が楽しいのかね、と呆れたような表情をした。


「とはいえ、マケドニアとの行き来も途絶えて久しい。ぜひ外界の話を聞かせてくれ」


なんでもいい。と、言われてバッシュはすぐに口を開いた。先ほどは森の中で背中にナイフを当てられたのだ。自分が嫌な気持ちになった分を取り返したいという衝動を抑えられなかった。


「マケドニアの奴隷商人に喉を切られた女の子に会ったよ」


バッシュ!と、ヴァルは名前を呼んで静止させた。食事の席にピリピリとした空気が流れた。ネモフィラ夫人が扇を開き、優美な仕草で口元を隠した。それでもヴァルの口は止まらなかった。


「奴隷…商人だと?」

「嘘をつくな!兄上様の領民がそんなことするわけないだろう!」

「嘘じゃない!オレと同じぐらいの女の子だ!親が魔法を使うから、仕返しされないように喉を潰されたんだ」

「そんな…父帝は戦争好きだが、そんなことを許すはずが」


そこでネモフィラ夫人が静かに席から立ち上がった。エドワルド三世がそれに同調するように立ち上がると蝶が花に口付けするような優美さでネモフィラ夫人はエドワルド三世の耳元にそっとなにかを呟くと、そのまま退席の挨拶もそこそこに下がってしまった。


「…妻の体調が優れなくてね。申し訳ないが、その話はまた今度聞かせてほしい」


バッシュくんの友人には大変申し訳ないことをした、と一言の詫びを残して、エドワルド三世は夫人の後を追うように退席した。

当然ピピの鬼のような形相でバッシュを睨みつけ、エドワルド三世の後を追った。


宴席にはヴァルとバッシュ、そして表情の読めないププだけが残った。


バッシュはさすがに自分のしたことを後悔した。いま話すことではなかったのかもしれない。ヴァルも眉を寄せて困った顔をした。


バッシュがこんなことを言ったのは別にキランのことを憐れんで言った訳ではなかった。

喉を失った少女の生い立ちを自分の胸のわだかまりを解消するのに使ったことが、恥ずかしく思えてバッシュは自分の膝を力を込めて掴んだ。


爪が皮膚に食い込む。ただただ痛かった。

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