エルフの姉弟
先頭を感じの悪い…もといエルフのピピが歩き、次にヴァル、バッシュ、そしてエドワルド三世が続いた。
城への道を進んでいくごとに霧は深くなるようだった。かろうじて前を歩く背中を見失わないようにしながらなんとか歩いた。背中からは低いがよく通るエドワルドの声が四六時中聞こえるのでなんとなく安心した。
「ヴァルは結婚しているのか?」
「いえ…」
「そうかー。まぁ、最近の若いものは結婚に興味がないと聞く」
結婚は良いぞ〜。エドワルド三世はさらに饒舌になった。この男は生来の話好きらしかった。
自身の妻の好きな紅茶の銘柄から3人いる末長男のモチモチとした頬の柔らかさまで。
エドワルド三世はなるべく自身の話を深くしない事が嗜みとされるはずの貴族とは思えないほど身内の話をした。
「私がネモフィラに出逢ったのは初めての社交会の時だ。瞼を閉じれば思い出す…彼女の荘厳な美しさに私は惹かれ、一目で恋に落ちたのだ。恋に落ちるというのはまさしく雷に打たれたような…」
「…兄上様、それくらいになさって下さい」
「ピピよ、お前にも言っているのだ。なぜお前たち姉弟は結婚しないのだ?」
「何度も言っていますが、手の掛かる兄上様たちの世話に忙しいからです」
またそうやって話を逸らす。
エドワルド三世はむくれたような声を出した。霧の中でもその表情は容易に想像ができた。どこまででも貴族らしくなかった。
「それに子供も可愛いぞ。子供は宝だ」
「子供がいるのか?」
バッシュは何気なく聞いた。すると霧の中で先頭を歩くエルフのピピが立ち止まった。霧の中でも睨みつけられているのが分かった。言葉遣いを咎められるのか、とバッシュはドキドキして思わずヴァルのマントを探して握った。
ヴァルも様子の変わったエルフに気がついたようだった。そんな中を緊張感のない男がただ1人雑談を続けていた。
「ああ。3人いる。ジョシュア、ジュリアス、ジョルジュ」
どの子も妻のネモフィラに似た巻毛の可愛い子供たちだよ、と霧の中でエドワルドの快活な声が響いた。
ーーー
余計なことを言うなと、ピピに叱られながら霧の中を歩いていくと突如として霧の中に城が現れた。これほど立派な建物をバッシュは見たことがなかった。城の周りを覆う霧はその全体を周囲から隠すかのようだった。パッと見ただけでもあの辺境伯の館の数倍の広さがありそうだった。
おそらくこれほどの大きな城であれば通常はいるであろう門番も、見た限りでは居なかった。
この大きな門をどうやって開けるのだろうか?バッシュが不思議に思っていると、エルフのピピが慣れたように片手を上げると、城の門は勝手に開いた。どこかで誰かが見ているのだろうか?バッシュは上をキョロキョロと視線とさせたが霧に邪魔されてなにも見えなかった。
「ピピ、ヴァルさんとバッシュくんの世話を頼む。ネモフィラには私から話してこよう」
馬の手綱をピピに渡しながらエドワルド三世は快活に言った。そして妻が良ければ食事の席で旅の話や笛の演奏を聞かせてほしいと言い、ヴァルとバッシュ、そしてピピを残して城の内部へと消えていった。
ヴァルとバッシュはわずかに顔を見合わせた。それを尻目にピピはなにも言わずに近くの馬屋に馬を連れて行ってしまった。
勝手に歩き回って怒られるのも怖いし、バッシュはなるべくその場を動かないように努めた。ヴァルもここでは不用心に動かないことを決めたらしく、2人な霧の中をただ立っていた。
それにしても静かだな…。
門の外の森から囀る鳥やたまに木々を揺らす動物の気配だけが感じ取れた。城というからには他にも人間やこのエルフみたいなのがいるのだろうか。この広さの城であれば、護衛の騎士や少なくとも使用人がいるはずだろうが、2人のいる場所からはそれもよく分からなかった。
正確に言えば、この城からは人の動く気配がまるでなかった。
しばらくすると馬屋から馬の世話を終えたピピが出てきた。立っている2人のそばを通ると「こちらに来い」と手短に言われた。2人は言われた通り、ピピの背中を追いかけて歩き始める。ピピの背中には大きな弓と、腰には無骨なダガーナイフが装備されていた。
ピピは無言で歩き、そして使用人専用らしき扉から城内へと誘導し、2人が部屋に入った途端乱暴に扉を閉めた。いままでの苛立ちがよく分かる音だった。
「どういうつもりだ!?ここにはもう来るなと言ったはずだ!」
ピピは大きな声を出した。
「私たちはこの城の人間から手紙を受け取ったんだ」
「手紙…だと?」
「我々は、番人の葬儀屋だ」
葬儀屋…と、ピピは呟いた。意味がわかっているのか、大きな目をさらに大きくさせている。そして言葉を否定するように頭を横に振った。
「手紙なんて…出していない」
「しかし私以外にも同じ手紙を受け取っている。ここを通る葬儀屋全てに手渡るようにされているはず…」
「うるさいっ!」
ピピは壁をドンっと叩いた。完全なる拒絶。
ほとんど憎悪に近い感情が向けられていることにバッシュはゾッとした。バッシュは今までの人生でここまでの強い感情を向けられたことがなかった。
「いいか、よく聞け!一晩おいてやる。朝になったらここから立ち去るんだ。でなれけば…」
ーーー今度こそ殺してやる。
そうバッシュには聞こえた気がした。事実、状況からしてほとんどそう言っているに相違なかった。ただし、決定的な言葉は口から漏れることはなかった。
「ピピ。お客様になにをしているのですか」
使用人室の扉が開く。
そこにはピピと瓜二つのエルフが立っていた。
「ププ…」
「ネモフィラお姉様がお客様とぜひお食事をご一緒されたいと」
ププとピピの長さも背丈も耳も同じ、顔も同じだったが言葉の丁重さが全く異なっていた。それにピピの服装は動きやすさを重視していたが、ププと呼ばれたエルフの方はお仕着せのメイド風の服を着ていた。
少なくとも新たに現れたエルフには敵意がないことに安堵しつつ、2人は様子を伺った。
「しかし、ププ。こいつらはどこの馬とも…」
「ネモフィラお姉様の言いつけです」
顔は同じでも2人の主導権はどうやらププにあるようだった。ピピは自分が不利とわかると苛立ちをやりこめるように音を立てて扉を閉めていってしまった。
「お客様。弟が使用人用の扉から出入りさせるなど、大変失礼を致しました」
ププと同じ顔をしたエルフが丁寧にお辞儀をした。そのあまりの丁寧さにつられて2人もお辞儀をした。
「いえ、急に来訪した我々に非がありますから…」
「弟はあのように子供のようなところがあります」
ヴァルの言葉を遮るようにププは言葉を続けた。
ーーー弟は色々と受け入れ難いのでしょう。
その色々がなにを指すのか。
バッシュは隣の葬儀屋の顔色をそれとなく伺ったが、いつもと変わりのない男とも女とも判別のつきにくい顔はなに一つ変わらなかった。
ピピとププ。
このエルフの姉弟は突如現れた来訪者から敏感に死の匂いを嗅ぎ取っていたのだ。




