エピローグ
木々の間から陽光が差し込む。風が穏やかに吹くと木々の葉が軽やかに踊った。もう夏がすぐそこまで迫っているようだ。太陽が頂点まで登る頃には歩いているだけで衣服と身体の間にじわりと汗が浮かんだ。
「うーん…」
バッシュは額の汗を拭い、地図を見ながら唸った。野宿をするのに適した場所はどこか探しているのだ。このまま小馬のトロントのゆったりした歩幅に合わせていたらすぐに日が暮れてしまうだろう。
馬なのだからもっと荷物を積んだり旅が楽になるようにうまく活用するべきなのでは?と黒衣の雇用主に言ったら「こう見えておばあちゃんだからあまり無理はさせたくないんだ」と、ヴァルに言われた。
それなら旅の路銀をいたいけな子供に稼がせるのはどうなんだろうか。そもそも食べる物に困らないと言ったから着いてきたのに最初から全然話が違ったではないか。
そう思ったが言ったところでどうにもならないので目の前のやるべきことに集中することにした。
出来れば水の汲める近くがいいな。少し大変だがもう少し先に行けば川に辿り着くだろう。
バッシュは地図をくるくると巻いて歩き始める。その後を黒犬がスタスタと歩いてきた。
「お前はまだ一緒に来るのか?」
黒犬は同意するかのようにそのフサフサとした尻尾を振った。昨夜の騒動の時には女中を守る盾になったくらいだから利口には違いない。連れて行けばなにかの役に立つかもしれない。連れて歩くのであれば名前くらい付けたほうがいいなと考えたバッシュは腕を組んでう〜んと、唸った。
「ケロベロスはどうだ?あ!ブラックウィンドウっていうのもかっこいいな!」
バッシュは自分の素晴らしい思い付きにニコニコと笑って黒犬に話しかけたる。ブラックウィンドウと呼ばれた黒犬はバッシュのことなど見向きもせずに距離をとってさっさと歩いて行ってしまった。
それを見たヴァルは隣を歩くトロントの手綱を操作しながら呟いた。
「たぶん、彼は嫌がっているよ」
『哀れになるほどひどいネーミングセンスだわ』
ヴァルの黒マントの下からひょこりと光球が顔を出す。目を凝らさなければわからないほどの小さな明るさを放っていた。
「なんだと!犬のくせになんて贅沢なやつなんだ」
バッシュは黒犬を追いかけると捕まえて、おもむろに頬をわしゃわしゃと揉みくちゃにした。黒犬は犬なりの仏頂面で嫌がったが、逃げるようなことはなかった。
仲がいいんだなぁとヴァルが呟くとトロントが立ち止まって、おもむろに雑木林の方へ頭を突っ込んだ。
「どうしたんだい?トロント」
ヴァルは頭が完全に埋もれてしまった小馬に向かって心配そうに話しかけた。前方ではバッシュがあまりにしつこく黒犬を撫でるものだから、腕を甘噛みされて叫んでいる。
ようやくトロントが雑草の枯葉を頭に乗せながら抜け出すと、その口先には植物が咥えられていた。
「それは…」
『エゾフの葉だね』
トロントはそのまま、小馬にしては早い足取りで歩くと口に咥えたエゾフの葉っぱをバッシュの胸に押し当てた。なんだよ、とバッシュが言う前に黒犬がエゾフの葉の匂いを嗅ぎにきた。
エゾフの葉っぱを指で擦るとラベンダーに似た芳香が鼻を癒した。犬の嗅覚にはくさすぎるとは思ったが、黒犬は存外嫌がらずにこれを嗅いだ。
「この子もエゾフの香りが好きみたいだ」
「じゃあ、もうそれでいいじゃん」
お前の名前はエゾフだ!と、言うと気に入ったのか黒犬、あらためエゾフはワンっ!と吠えてペロリとバッシュの頬を舐め上げた。




