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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第10章 前編
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希望が潰えた日

その瞬間、リリアは確信した。

トーマスを守るために駆けつけた自分の動きが、まるで全てが運命のように感じられたのだ。


「トーマス……!」


だが、痛みが全身を貫く中、リリアの脳裏に一瞬、あの極寒の湖の景色が浮かんだ。


――あの時、私はお前たちに助けられた。


あの日、老兵は冷たい風の中で、血を流しながらも、命を懸けて戦っていた。彼の瞳に映ったのは、ただの戦士ではなく、家族を守るために必死に戦う父親の顔だった。


その横顔が今、胸に重く響く。だが、リリアはふと気づく。あの時、彼が守ったのは私の命ではなかった。彼が守ったのは、“これから起こるべきこと”だったのだ。


その瞬間、運命が全て繋がったように感じた。


――私は生きる理由を知らなかった。だが今、わかる。私は、この命を繋ぐために生かされてきた。


リリアは目を閉じ、深く息を吸い込む。痛みが全身を貫き、視界がぼやける中、彼女は心の中で老兵らの声を聞いた気がした。『お前が生きていれば、すべては報われる』。その言葉が、今、リリアの胸を熱くさせた。


その瞬間、リリアは悟った。自分が生きる意味、そしてこれから向かうべき場所が、すべて繋がっていることを。


「リリア様……!ごめんなさい……ごめんなさい……わ、私が……」

「……私はお前を守るために……ここまで来たんだな。」


リリアは再び力を振り絞り、トーマスを抱き寄せる。今、彼女は知っている。自分が生きる理由は、ただひとつ。守るべき命が、ここにあるからだ。


リリアの目の前に、聖剣が落ちていた。

掴むために腕を伸ばす感覚だけがあった。ただ虚しく空を切る。


その瞬間、ヴァルが現れた。


静かに、無言で、リリアの落とした聖剣を拾い上げる。その手が剣を握ると、ほんの一瞬、リリアの胸に希望が灯ったような気がした。


「ヴァル……」


その名前を呟くが、彼は一度も振り返ることなく、剣をしっかりと握りしめたまま、歩き始める。


足音は冷たく響き、何も言わずにただ進んでいく。リリアの視線がその背中を追い、胸の中にわずかな期待が残る。血塗れのリリアの体を支えるトーマスのそばをヴァルは通る。


「あ、た、助けてください……!貴方、リリア様の屋敷で……え……?」


だが、ヴァルはトーマスの問いかけを無視してそのままアナスタシアとセンペルの元へ向かう。


その動きに、リリアの心は冷えた。

希望は、すぐに消えていった。


ヴァルは何も言わず、ただアナスタシアとセンペルの元へと向かう。


リリアの叫びも、トーマスの問いかけも、彼の耳には届かないようだった。その背中が遠ざかる中、リリアはただ呆然とその姿を見守ることしかできなかった。


 ――カツン、カツン。


その足音が、王の間に響く。

そして、センペルが静かに口を開いた。


「……やっと、貴方も僕の理念を理解してくれましたか。」


センペルは微笑みながら、ヴァルをじっと見つめた。


「長い間、貴方のことを研究してきましたが……まさか、こんな形で理解してもらえるとは思いませんでした。貴方が僕の計画に加わることが、どれほど重要なことだったか、分かっていましたか?」


センペルは少し歩み寄り、さらに言葉を続けた。


「ヴァル、貴方がここに来たことで、すべてが完璧に繋がった。共にあたらしい世界を作りましょう。」


センペルの目には、満足げな輝きが宿っていた。


「これで……僕の理想が現実となる。」


その言葉は、感慨深いものだった。

センペルはヴァルを見つめ、微笑みんだ。


その言葉に、ヴァルは何の反応も示さず、ただセンペルに背を向けたまま、アナスタシアの顔をじっと見つめる。だが、センペルの眼差しにはどこか満足げなものが宿っていた。


センペルにとって、ヴァルは単なる「研究対象」ではなかった。


それは、彼が追い求めてきた「真実」への道しるべ、理論を証明するための重要な証拠であり、さらに言えば、彼自身の存在を証明するための最終的な鍵だった。


センペルの目に浮かぶのは、ヴァルが悪魔と結んだ契約の数百年にわたる経緯、そしてその結果としての絶望的な永遠の命。


その魂の中には、センペルが今まで追い求めてきたものがすべて詰まっている。それを理解することこそが、彼の研究の終着点であり、彼の存在そのものを意味づけるものだった。


「感情、愛、憎しみ――そんなものは無意味だ。」


センペルは冷たく、しかし確信に満ちた声で呟いた。


「僕が求めるのは、真実だけだ。ヴァル、貴方の魂がそれを証明する。」


その言葉には、単なる冷徹な知識欲だけでなく、彼自身がどれほどその「証明」を求めていたかが込められていた。


センペルにとって、ヴァルの魂はただの研究対象ではなく、彼の存在意義を確立するための「究極の証」だった。


だが、ヴァルが自分の元に来た今、その理解の扉が開かれる日が来たのだと、センペルは確信していた。


「さあ、これで全てが始まります。」


センペルは一歩踏み出し、ヴァルの背中に向けて言葉を続ける。


センペルの目は、ヴァルの背中を追い、まるでその姿が自分の理論を証明するための最後のパズルのピースであるかのように、焦点を合わせて離さなかった。彼の視線は冷たく、鋭く、まるでヴァルが消えてしまうことを許さないかのようだった。

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