その厄災を
「全員構えろ!!」
リリアの号令とともに、部下たちが一斉に動き出す。彼女の周りに集まる部下たちも、無駄な動きは一切なく、まるで一つの歯車のように連携していた。剣を振るう音が響き渡り、血しぶきが舞う。
リリアは冷徹な目で敵を一人ずつ仕留めていく。鋭い一撃で貴族の異形の腕を切り落とし、素早く次の敵に向かって身をひねる。刃が鋼のように硬い肉を切り裂き、瞬時に敵を倒していく。彼女の動きは無駄がなく、まるで舞うように滑らかだった。
その隙間を縫うように、部下たちも次々と敵を切り倒していく。だが、敵の数は圧倒的に多く、押し寄せるように攻撃を仕掛けてくる。リリアは一瞬も気を抜かず、次々と襲い来る敵の攻撃を華麗にかわし、反撃を繰り出す。
「こいつら……!」
リリアの部下の一人が叫びながら、敵の剣を受け止める。その隙に、リリアが一気に間合いを詰め、敵の首を一刀両断にする。
だが、敵は次々と現れ、リリアたちの前に立ちふさがる。その数に圧倒されることなく、リリアは冷静に戦況を見極め、部下たちと共に連携して次々と倒していく。
「クソ……数が多い……!」
リリアは冷ややかに呟き、最後の一撃を敵の胸に叩き込む。その瞬間、倒れた敵が異形の姿を崩し、血と肉が飛び散る。
肉から剣を抜き去る瞬間、リリアは周囲を素早く見渡し、生き残っている部下の位置を瞬時に把握する。
「バラバラになるな!!固まって防御陣を……!」
目を凝らすと、トーマスの姿が目に入った。剣の扱いが苦手だったはずのトーマスも、この場では必死に剣を振るっている。
その傍らに、あの女――アナスタシアが音もなく立っている。
リリアの視線が鋭くなる。アナスタシアが冷酷な笑みを浮かべてトーマスに近づく。その動きはまるで獲物に迫るようだ。リリアはその一瞬を見逃さなかった。
「トーマス!」
リリアは全力で駆け出す。その一歩一歩が、まるで時間を止めるかのように感じられる。だが、間に合うかどうか――
アナスタシアの手が、トーマスの腕に触れようとしたその瞬間、リリアはトーマスを突き飛ばした。体が空中でひとひらの羽のように舞い、リリアはその瞬間、アナスタシアの手のひらが自分の腕に触れるのを感じた。
「――っ!」
その直後、リリアの体が硬直し、爆発的な痛みが走る。腕の骨が砕け、血が噴き出し、皮膚が裂ける。
アナスタシアの冷たい手がリリアの腕に触れた瞬間、何かが弾けるような音が鳴り響き、リリアの腕が爆発的に裂け始めた。
「うあああああ!」
リリアの叫び声が王の間に響く。腕の皮膚が裂け、血が噴き出し、骨が砕けるような激しい痛みが走る。
「り、り、リリアさま!!!う、腕が……腕が……!?」
「っっ……!!トーマス……落ち着け。私なら、大丈夫だ」
「おや。腕の1本や2本、無くなったことで大したことはないということか。ただの人間にしては強いな。」
リリアは震える手で、無くなった腕を押さえつけながらも、トーマスを守るために再び剣を握りろうとしたが、無論、その腕がない。それでも、リリアは目の前のアナスタシアに向かって一歩踏み出そうとするも、体は不安定によろめきトーマスがリリアの体を支えた。
「それなら次は足をいただくとしよう」
「お前、許さない……!」
アナスタシアはリリアの苦しむ姿をじっと見つめ、その唇に冷ややかな笑みを浮かべた。
「威勢の良い人間だな。嫌いじゃない。そうだ。四肢を吹き飛ばして死ぬまで余のそばに転がす栄誉をくれてやろう。」
その言葉は、リリアの痛みを嘲笑うように響いた。アナスタシアの瞳には、まるで命の価値を問うような冷徹な光が宿っている。その冷たさに、リリアは一瞬、息を呑む。
アナスタシアは無慈悲にリリアの吹き飛んだ腕を蹴り飛ばした。腕が空中を回転して床に叩きつけられた。血が飛び散り、床を赤く染める。その瞬間、リリアの視界は一瞬にして白く霞んだ。
「ふふ……」
アナスタシアの笑みは、まるで自分の手で命を支配しているかのような、絶対的な優越感に満ちていた。
「人間の命など、こんなにも脆いものだ。」
リリアはその言葉を聞きながらも、必死に意識を保とうとする。体の痛みが全身を貫き、意識が薄れそうになるが、彼女は目を見開き、歯を食いしばった。
アナスタシアの冷徹な言葉に、自分が屈することなど絶対にないと、心の中で強く誓う。
だが、リリアの体は、もはや自分の意志では動かせないほどに限界を迎えていた。
右腕を吹き飛ばされた傷口から流れる血が止まらず、視界が霞んでいく。それでも彼女は倒れることを拒んだ。
「リリア様……もう動かないでください……!」
トーマスの声が耳元で震える。トーマスはリリアの体を抱え、必死に支えている。
それでもリリアは前を向いたまま、震える足に力を込める。
「……まだだ……まだ、終わらせるわけにはいかない……まだ、私は……」
シュヴァイツァーの仇を取れていない。
前方では、アナスタシアが冷たい笑みを浮かべていた。高笑いが戦場に響き渡り、彼女の声がリリアを嘲るように刺さる。
「どうしたの?リリアとら。もうその部下に縋るしかないのかしら?」
リリアはその言葉に応えない。ただ、トーマスの支えを頼りながらも、アナスタシアを睨みつけていた。
「まだ……終わらせない……!」
その時だった。
硬い靴音が響き、戦場の空気が一変する。
――カツン。
その音に、リリアもトーマスも振り返る。
血に濡れた地面の上、どこからか現れたのは、一人の男だった。
「……ヴァル……?」
トーマスの腕の中でリリアが呟く。
リリアの前に立っていたのは、彼女の手から離れた剣を拾い上げたヴァル=キュリアだった。
黒マントの葬儀屋がどうしてここにいるのか。何が起きているのか。リリアの頭は混乱し、追いつかない。
だが、リリアはその疑問を飲み込み、痛みを押し殺して声を振り絞った。
「……その女を殺せ!ヴァル=キュリア!!」
その厄災を、殺せ!!