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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第10章 前編
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自らの手で道を切り開く

バッシュは少年の横顔をじっと見つめていた。


無表情なその顔に、どこか異質なものを感じ取った。冷たく、空虚で、それでいてどこか人間らしさを剥ぎ取られたかのような顔。その目を見つめていると、何故か胸の奥がざわつくのだ。


その瞬間、バッシュの脳裏に一つの記憶が蘇った。センペルの屋敷で見た光景だ。


緑色の液体に浮かぶ無数の同じ顔。

それぞれが、目を開け、口を閉じ、無表情でただ浮かんでいる。それらは生きているかのように見えたが、どれも同じ顔、同じ表情。人間のようでありながら、人間ではない。バッシュはその光景を今でも忘れられなかった。


そして、今、目の前にいる少年の横顔がその光景と重なった。無表情な顔、冷徹な目。まるで、あの屋敷で見た無数の顔の一つが、目の前に現れたかのようだった。


「お前…」


バッシュは言葉を呑み込んだ。その瞬間、全てが繋がった気がした。


この少年は、センペルの人造人間だ。


バッシュはその理解に、思わず背筋が凍るのを感じた。


「……気がついたようだけど、ボクはあの男の容れ物の一つにしか過ぎない」


少年の声が、冷たく響く。


「容れ物ってなんだよ……」


バッシュは理解できないまま眉を顰めた。

少年は無表情のまま、視線をバッシュに向けた。


「魂の容れ物のことさ。どういう事情かは知らないけど、君はセンペルのことを知っているんだろう?あの男は自分の魂を肉体を移し替える事で……生きながらえてるんだよ」


その言葉に、バッシュは思わず息を呑んだ。


肉体を変え続けることで命をつなぐ?

そんなことが、本当に可能なのだろうか?


「肉体を……変える?」


バッシュは呆然と呟く。

少年は少しだけ頷いた。


「そうだ。あの男は、肉体を次々と変えながら、無限に生き続けている。」


バッシュはその話に、ますます混乱した。魂を移し変える? そんなことが可能だというのか?


それに、少年自身が「容れ物」だと言うなら、彼もまたセンペルの一部ということになるのか?


「そんな……本当にそんなことができるのか?」

「……」

「なぁ」

「うるさいなぁ。詳しいことは知らない。そう教わってきたんだ!それ以外何も知らない!」


バッシュは息を呑んだ。

声を荒げた少年は、息を整えると自分を落ち着かせるように、今度は静かに答える。


「……ボクはただの道具だ。さっきの奴らも言っていただろう。センペルの手によって作られた、魂の容れ物。生き人形。だけど……道具だって感情を持つことがある。強すぎる自我を持った不良品。だから……ボクはここで処分されるのを待っているのさ」


その言葉には、どこか悲しげな響きがあった。バッシュはその感情に気づき、少しだけ胸が痛んだ。


「じゃあ、お前は……本当に、センペルのために作られた、人間なのか?」


バッシュは疑問を抱きつつも、少年の言葉に引き込まれていった。


少年は静かに答えた。


「この状態を人間と指してよいなら、ね」


バッシュはその言葉に衝撃を受けた。

頭の中でセンペルの屋敷で見たものや、リリア達の言っていた同じ顔の人間の正体が繋がり始める。


バッシュはしばらく黙って少年を見つめた。その目は、どこか痛みを抱えたような、深いものだった。


「お前は……センペルじゃないよ。」


バッシュは静かに言った。


「少なくとも、オレにはお前がセンペルみたいに酷いことするような奴には見えない。」


少年は一瞬、驚いたように目を見開いた。だがすぐに、何も言わずに俯いた。


「お前だって、ちゃんと自分の意志があるんだろ?」


バッシュは続けた。少しだけ力を込めて。


「オレにはわかる。お前がもしセンペルの生きる道具だとしても、それを拒んでいるんだろ?だから、ここにいるんだろう?」


少年はその言葉に少しだけ反応を示したが、依然として無表情だった。しかし、その顔にわずかな変化があった。


「……他の生き人形は、センペルに成って生きることを選んだ。」


少年の声は冷たく、震えていた。目はどこか遠く、闇の中に飲み込まれるように見えた。


「でも、ボクはアレとひとつになんてなりたくない……ボクはボクだ。」


その言葉の裏には、必死に抗おうとする意志と、押し寄せる絶望が滲んでいた。


少年の指先はかすかに震え、握りしめた拳には白く血の気が引いている。


「もし、センペルにならなければ、ボクは……」


言葉の途中で彼は息を詰まらせた。自分の未来を語ることすら恐ろしいのだろう。


バッシュは黙って頷いた。

彼にはまだ選択肢がある。少年にはそれすら奪われつつある。


「だから、お前はお前だ。」


バッシュの声は静かだったが、力強かった。


「オレには、お前があんな男みたいになるとは思えない。」


その言葉に、少年の目が一瞬だけ揺れた。

けれど、その奥には依然として深い暗闇が横たわっている。


バッシュは少年を励ますつもりはなかった。ただ、彼に向けて信じる気持ちを伝えたかっただけだった。少年がその暗闇の中で、自分の光を見つける手助けになれば、それで十分だと思った。


バッシュはさりげなく、右足の靴の中に手を滑り込ませた。硬い革の中に隠された小さな金属の棒を感じ取る。長さは指一本分ほどで、細くて鋭いその道具は、まさにピッキング用の道具だった。


指先でその金属棒を取り出すと、バッシュは軽く息をつきながら、それをしっかりと握りしめた。鉄の扉の鍵を開けるために必要な道具が、こんなところに隠されているとは誰も思うまい。だが、バッシュにとってそれは当たり前のことだった。逃げるために、準備は怠らない。


彼は少しの間、金属棒をじっと見つめ、確信を持ったようにそれを手のひらに握り直す。そして、ゆっくりと靴を元の位置に戻し、誰にも気づかれないように再び静かに足を組んだ。


「……お前、何をする気だ?」


少年の声が冷たく響いた。

バッシュは一瞬手を止め、少年を見上げた。


「何って……脱出に決まってんだろ。」


バッシュは簡単に答える。

少年はすぐに立ち上がり、バッシュの方に歩み寄った。


「それは……無理だ。ボクの話を聞いていたのか?」


少年の目は真剣だった。


「逃げても……どうせまた捕まる。」


バッシュはピッキングの道具を使い続けながら、少年をちらりと見た。


「それでも、やってみなくちゃ分かんないだろ。」


少年はしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をついた。


「無駄だ。……殺される。死ぬのが早くなるだけだ。」


バッシュは少年に向き直った。

そういえばさっき、あいつは「処分される」なんて言っていたな。その言葉の意味を深く考えたくなかった。想像すればするほど胸が重くなる。もし、ここに残したら――本当にそれでいいのか?


「お前も着いてくるか?」


少年は驚いたように目を見開き、バッシュをじっと見つめた。言葉を探すように唇を動かすが、何も出てこない。


「こんな辛気臭いところ、さっさとおさらばしようぜ」


バッシュは再び問いかける。その声にはどこか優しさが滲んでいた。


少年は一瞬視線をそらし、迷うように眉を寄せた。しかし、やがて小さく息を吐き、決意を込めたようにゆっくりと頷いた。


バッシュは少年の頷きに答えるように、ふっと口元に笑みを浮かべた。


「そうこなくっちゃ」


そう呟くと、バッシュは再び鍵に向き直り、作業に集中し始めた。冷たい金属の感触が指先に伝わり、微かな音が静寂を切り裂く。


今よりも困難なことがあるだろう。けど、なにもしないよりはマシだ。少なともバッシュの今までの旅はずっとそうやって道を切り開いてきたのだ。これからもそうなると、バッシュは信じていた。……どんなに恐ろしくとも、そうやって自分を奮い立たせるしかなかったのだ。

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