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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第10章 前編
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地下牢の中で

バッシュが意識を取り戻すと、自分が冷たい石の床に横たわっていることに気がついた。


すぐさま起きあがろうと腕で冷たい床を押し、体を持ち上げようとするが体中に鋭い痛みが走った。それでも構わずに動こうとする度、痛みが強くなる。

あたりを見渡すと周囲は薄暗く、湿気を帯びた冷気が漂っていた。太い格子のはめられた鉄の 扉がバッシュの目の前を重く閉ざされている。


牢屋。牢獄。

どこかから水が滴る音が聞こえ、空気は重く、息苦しい。


「くそぉ…」


バッシュは呻きながら、体を起こそうとする。だが、足元が頼りなく、体が言うことを聞かない。ようやく立ち上がったとき、目の前に広がった光景に、バッシュは驚愕の表情を浮かべた。


牢獄の中には、他にも人間が捉えられていた。


彼らは一様に俯き、無言で座り込んでいる。手足は縛られ、体を動かすことすらできない様子だった。

バッシュはその姿に、思わず足を止めた。誰も話さず、ただ絶望的な表情で沈黙を守っている。その目には、どこか生気を失ったような冷徹さが漂っていた。


その時、隣の牢屋から、低い声が聞こえた。


「無駄だよ。」


その声は冷たく、無感情だった。バッシュはその声に反応し、隣の牢屋を見やる。暗闇の中、薄ぼんやりとした影が動く。目を凝らして見てみると、そこには誰かが立っていた。少年だ。バッシュはその姿に一瞬、違和感を覚える。


「誰だ…?」


声をかけると、少年はゆっくりと顔を上げた。その表情は無表情で、目を合わせることはなかったが、どこか不自然な冷たさが漂っていた。バッシュはその少年の姿に、どこか見覚えがあるような気がしたが、すぐには思い出せなかった。


少年は一言も発さず、ただ静かにバッシュを見つめていた。その視線に、どこか遠くを見ているような空虚さを感じた。


「いま、ここから逃げ出そうと考えただろ。やめておけ……死ぬよ」


再び、冷たい声が響いた。今度はその声に、どこか機械的な響きが混じっているように感じられたが、バッシュはその違和感に気づくことなく、ただ黙って少年を見返した。


「何だよお前。ここは、どこだ?」

「知らないで連れてこられたのか。呆れたやつ……」


少年はバッシュのことを盗人がなにかだと思ったのだろう。蔑んだ視線は「地下牢だ」と、いう言葉と共に投げ捨てられた。


「地下牢……」


バッシュは少年の言葉を繰り返してから、しばらく黙っていた。


やがて、ふとポケットの中を弄り始めた。何か使えるものはないかと手探りで探しながら、心の中で次の一手を考えていた。


冷たい鉄の壁、固い扉、そして自分を監視しているであろう者たち。逃げる方法を模索しつつ、ポケットの中で指先が何かに触れる。


それは、あのエルフの森で怪しい男から貰ったチョコレートのカケラだった。キランと半分こしたんだっけ。忘れていた。


硬いその欠片を、バッシュは手に取ってじっと見つめた。なにもないよりは、マシである。


ふと隣の牢屋に目を向けると、あの少年は自分の体を抱きしめるようにして座り込んでいた。小さい体で、あの無表情のまま、冷たい視線をなにもない地面に向けている。


バッシュは少し考えた後、チョコレートのカケラを半分に割り、少年の方へと手を伸ばした。


「なぁ。これ、食うか?」

「なんだよ……それ……」

「なにって、チョコレートだよ。知らないのか?」


オレもあんまり食べたことないけど、甘くて美味しいぞと、バッシュは続けた。少年はその手をじっと見つめたが、すぐには反応しなかった。やがて、少しだけ目を細めてから、無言でそのカケラを受け取る。バッシュがその様子を黙って見守っていると、チョコレートを指に持ったまま少年が口を開く。


「……お前みたいな子供、どうしてこんなところに連れてこられたんだ?」


少年は底知れない目でバッシュを見つめ、その言葉を口にした。バッシュはその問いに少し驚き、しばらく黙っていたが、すぐに答えることなく、少年を見返す。


「子供って言うなよ。お前だって、同じくらいの子供じゃねーか」


少年はその言葉に強く反発し、身を引き締めて答えた。


「ボクは……子供じゃない」


バッシュはその言葉を少し考えたが、すぐに肩をすくめて答えた。


「ふーん、まぁなにがあったのかは知らないけど、なぁお前も一緒にここから抜け出さないか?」


バッシュの陽気な提案を少年は冷たく笑い、低い声で言った。


「……無理に決まっているだろう」


バッシュは少し考え込んだが、すぐに顔を上げて、力強く言った。


「そんなのやってみなくちゃ分からないだろう」


少年は何も言わず、ただバッシュを見つめていた。無表情のまま、目を合わせることなく、まるで別の世界を見ているようだった。


変なヤツ。


バッシュがそう思っていると暗闇が蠢くのが見えた。目を凝らすと、それは人間の形をしていた。


「なあ、そこの少年……」


その時、他の牢屋から声が聞こえた。


「外は……外はどうなっている?今日は確か、建国記念日だろう?王城では祝賀が行われるはずだが、王は、陛下はどんな様子か分かるか?」


バッシュはその問いに少し驚いたが、すぐに首を横に振った。


「知らない。オレは王城に行ったわけじゃないし、祝賀のことも……聞いてない。」


本当だった。

この地に来て一週間、そのほとんどをエラのあの隠れ家で過ごしていた。外の様子を窺い知れたのは今日が初めてだったが、今のバッシュには祝賀に浮かれた街の様子を見る余裕はなかった。


その声は、続けて何かを言いかけたが、すぐに黙った。バッシュはその声の主を見ようとしたが、暗闇の中でその顔をはっきりと見ることはできなかった。ただ、無言で立ち尽くすその人物からは、どこか落ち着いた雰囲気が漂っていた。


「誰だか知らないけど、悪いな。」

「そうか…。いや、急に話しかけて悪かったな。」


その声は、少しだけ寂しげだった。


バッシュはその声に不安を覚えながらも、再び少年の方に目を向けると他の牢から声が響いた。


「お前……王のそばにいるあの助言者の生き人形だろ?」


突然、別の牢屋から声が飛んできた。バッシュはその言葉に驚き、声のする方を振り向いた。薄暗くてよく見えない。


……生き、人形?


そう呼ばれた少年は無表情なままで、ただじっと地面を見つめている。


「お前みたいなもんが、何でこんなところにいるんだよ?」


別の囚人が冷たく言った。


「どうしてオレ達をこんなところに閉じ込めてるんだよ!!知っているなら話せよ!!なぁ!!」


少年は何も言わず、ただ沈黙を守った。その姿勢が、逆に囚人たちを苛立たせた。


「なんだよ、反応もしねぇのか? そんなもんが人間だと思ってんのか?」


一人が嘲笑しながら言った。


「お前みたい人形は、何も感じないんだろ?」


その言葉に、少年は微動だにしなかった。バッシュはその様子に少し驚き、視線を少年に向けた。少年が無表情であることが、かえって囚人たちの怒りを買っているようだった。


「オイ!お前ら、いい加減にしろよ!」


バッシュは声を上げて、囚人たちを制止しようとしたが、その声はすぐにかき消された。


「何だよ、お前もこいつの味方か?」


囚人の一人が、バッシュを睨みつけた。


「あんなもん、ただの道具だろうが。何が人間だ、何が生きてるんだよ。みんな同じ顔をしやがって。気持ち悪い。」


その言葉に、少年は一切反応を示さなかった。バッシュは一瞬、その冷徹な目を見て、センペルと同じ気配を感じ取ったが、すぐにその感覚を振り払った。


少年が「生き人形」であることが、囚人たちにとってどれほど異常なことかは明白だった。彼らはその存在を否定し、排除しようとすることで、自分たちの不安や恐れを解消しようとしているのだろう。だが、バッシュはその光景を見て、少年に対する同情の気持ちを強く感じた。


その時、隣の牢屋から低い声が響いた。


「やめろ。」


その声に、囚人たちは一瞬黙った。声の主は、バッシュが最初に声をかけられたときに話しかけてきた男だった。男はじっと囚人たちを見つめ、冷たい目を向けた。


「お前ら、少しは黙れ。こんなところで喧嘩しても、何も変わらないぞ。」


男の言葉には威圧感があり、囚人たちはその言葉に従うように静かになった。しばらくの沈黙が流れ、男は改めてバッシュに視線を向けた。


「少年、すまないな。長くここにいるせいでみんな気が立っているんだ」

「……気にしてねぇよ。でも、うるさいから黙らせてくれ。」


バッシュの言葉を受け取った男は再び囚人たちに向き直り、低い声で言った。


「お前ら、無駄なことをしてる暇があったら、少しでも脱出の方法を考えろ。ここにいても何も変わらないぞ。」


その言葉に、囚人たちは黙ってうなずき、再び沈黙が支配した。


バッシュは男の言葉に少し考え込みながらも、再び少年の方へと視線を向けた。少年は相変わらず無表情で、ただ静かにその身を守るように座っているだけだった。

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