オレがやるの!?
バッシュはそんな二人のやり取りを見ながら、どこか遠い世界の話を聞いているような気分だった。
リリアとエラが冷静に計画を語り合う中、バッシュは二人の言葉に耳を傾けながらも、胸の内に期待が募っていくのを感じていた。
センペルとアナスタシア。これで本当に、あの二人を倒せるかもしれない――そう思うと、心の奥底で小さな希望が灯る。
だが、その希望が膨らむにつれて、どこか釈然としない感覚がバッシュを襲った。
あれ……でも、なんだろう。
計画は完璧に思える。リリアもエラも、自信たっぷりに話している。アーク司祭に証言を頼めれば、心強い味方となるだろう。アーク司祭ならなら、きっとうまくやるだろう。
それなのに、はっきりとしない不安が心の奥底に影を落とす。
その正体を掴もうとしたが、まるで霧の中に手を伸ばすように、何も掴めない。
「……バッシュ、どうした?」
リリアの声に我に返り、バッシュは慌てて首を振った。
「い、いや、なんでもないっす。ただ……本当にこれで、全部うまくいくのかなって思っただけで。」
リリアは微かに笑みを浮かべたが、その目には厳しさが宿っている。
「うまくいくかどうかはお前次第だ。私たちは道を示すだけ。歩くのはお前だ。」
その言葉に一瞬言葉を失いながらも、バッシュは小さく頷いた。けれども、不安の正体はまだ霧の中だった。
「……ん?待てよ。エラとソッロがセンペルと契約している間にキランは誰が救出するんだ?」と、バッシュは腕を組んで首を傾げた。
その問いに、リリアとエラは一瞬目を合わせた後、どちらも無言でバッシュを見つめる。
バッシュはその視線に気づき、ますます困惑してきた。
「え?なんかおかしいこと言ったか?」
リリアが冷静に、そしてちょっとだけ楽しそうに答える。
「お前が救出するんだよ。」
バッシュは目を見開き、顔が引きつる。
「ええぇぇぇ!?オレが!?」
エラも、何事もなかったかのように続けた。
「もちろん。お前がキランを救い出す役目よ。……今のキランの状態では、顔見知りでもなければ絶対に動かないだろうし」
バッシュはその言葉に顔をしかめ、手をひらひらと振った。
「いや、待ってくれ!オレはただの子供だぞ!?キランの救出はエラとかリリアとかソッロとか……大人がやるべきだろ!」
リリアがニヤリと笑い、バッシュの肩を軽く叩いた。
「残念ながら、私は王を問い正すために祝賀会のほうへ顔を出さなくてはならなくてな。バッシュ、喜べ。お前の仕事だよ。」
「私もソッロも、センペルと契約を結ばないといけないし、できればセンペルの身動きの取れないときにキランを運び出したい。危険だけど、顔見知りであるボウヤに頼みたいわね」
バッシュは顔をしかめながら、しばらく黙り込んだ。
「うぅ……オレ、一応子供なんだけどな……」
バッシュは天を仰ぎながら、肩を落とした。
バッシュは肩を落としたまま、しばらく天井を見上げていたが、やがて大きなため息をついて顔を戻した。
「……わかったよ。やればいいんだろ、やれば。」
その言葉にリリアは満足げに頷き、エラは微かに微笑んだ。
「いい返事ね。大丈夫、私たちもちゃんとサポートするから。」
「サポートって、具体的に何してくれるんだよ……?」
バッシュの疑わしげな視線に、エラは軽く肩をすくめた。
エラが地図を指しながら言った。
「脱出経路を確保しておくわ。この拠点には地下に通じる古い排水路がある。そこに特別な出入り口を作っておくから、キランを連れてそこから逃げるのよ。」
「特別な出入り口?」
バッシュが眉をひそめると、エラは自信たっぷりに頷いた。
「そうよ。魔法で隠しておくから、敵には見えないはず。扉の位置と解除の方法は、ちゃんと教えるから心配しないで。」
「扉の位置と解除の方法ね……それ、オレが覚えられるくらい簡単だといいけど。」
「安心して。バッシュでも覚えられるように、鍵はシンプルにしておくわ。」
エラが軽く微笑むと、バッシュは小さく肩をすくめた。
「なんかバカにされてる気がするけど……まあ、ありがたいよ。逃げ道があるなら、少しは安心できる。」
リリアが腕を組みながら口を挟んだ。
「ただし、敵に見つかったら終わりだ。排水路は狭いし、素早く行動することが肝心だぞ。」
「わかってるよ。オレだって無茶はしたくないからな。」
エラは少し考え込むように地図を見つめた後、付け加えた。
「あと、排水路の出口は森の中に繋がっている。そこに隠れるための目印を置いておくから、それを見逃さないようにしてね。」
「森の中か……追っ手が来たらどうするんだ?」
「その時は、こちらで追っ手を引きつけるわ。センペルとの契約が終われば、こっちも動けるようになるから。」
バッシュはその言葉に少しだけ安堵の表情を浮かべたが、すぐに険しい顔に戻った。
「でもさ、本当にキランを連れて逃げ出せるのか?相手はあのセンペルだろ?何か裏をかかれる気がしてならないんだよな……」
リリアはバッシュの言葉に小さく笑い、少しだけ身を乗り出して彼を見つめた。
「バッシュ、お前は心配性だな。だが、それでいい。慎重すぎるくらいが丁度いいのさ。」
「そう言われてもな……オレ、ただの子供だぞ。こんな大役、荷が重すぎるだろ……」
エラは地図を畳みながら、静かにバッシュの肩に手を置いた。
「子供だからこそ、キランはお前を信じるのよ。あの子にとって、お前は希望の象徴みたいなものだから。」
「希望の象徴……?」
バッシュはその言葉に戸惑い、エラの目をじっと見つめた。
「そうよ。キランは絶望の中にいる。でも、お前があの子の手を引けば、キランはきっと動くわ。だから、信じて。私たちはお前を見捨てない。」
バッシュは二人の真剣な視線を受け、しばらく考え込んでいたが、やがて大きく息を吐いた。
「……わかったよ。やるよ。オレがキランを救い出す。」
その言葉に、エラは微かに笑みを浮かべた。
「頼りにしてるわ。」
バッシュは自分の胸にわずかに灯った決意を感じながら、再び地図に目を向けた。
「……で、扉の解除方法って、どんな感じなんだ?」
エラが少し楽しそうに微笑みながら、指を一本立てて言った。
「簡単よ。扉はキランにしか開かないようにする。キランがノブを回すだけで――それだけで開くわ。」
「それって、つまり……」
「キランが一緒でないと、あなたは塔から出られないということになるわね」
バッシュは拳を握りしめ、深く息を吐いた。
「……わかった。やるよ。絶対にキランを連れ戻してやるさ。」
そう言い切ったバッシュの目には、迷いのない決意が宿っていた。