計画の隙間に潜む影
「……なるほど。エラ。お前の考えていることはよく分かった。」
エラが己の計画をソッロに話し終えると、狐の獣人は壁に背をもたれさせ、腕を組んで黙り込んだ。
目の前で繰り広げられた計画の内容は、ソッロにとって決して理想的なものではなかった。計画の一部が彼の中で何度も引っかかり、腑に落ちない部分が残る。それでも、ソッロは口を開かない。代わりに、深いため息をついて視線を床に落とした。
エラの目は真剣そのもので、彼女が決して簡単に折れないことをソッロはよく知っていた。だが、だからこそ、彼はその計画に疑問を抱かずにはいられなかった。
「お前のその計画じゃあ、少なくとももう1人必要だぞ。」
ソッロは腕を組みながら、視線をエラに戻した。
「どうするんだ?アテがあるのか?」
その言葉に、エラの顔に微かな影が落ちる。ソッロはそれを見逃さなかった。計画の中で何かが足りないのは、彼だけではなく、エラも感じているのだろう。だが、彼女はそれを認めたくないようだった。
「……アテがあるか?」
ソッロは再びエラに問いかける。言葉の端々に、彼自身の不安と疑念が滲んでいることを隠すことはできなかった。
「実は姪のキランは私といる前に……別の人間が養父をしていた。……その養父も今はこの世にはいない。」
エラの声には、どこか遠い記憶を呼び起こすような重みがあった。ソッロは黙ってその言葉を聞きながら、彼女の表情をじっと見つめる。エラが語る過去の影は、彼女自身を少しだけ遠くに引き離すような気がした。
「ただ……キランからとある森でシュヴァイツァーの友人と偶然出会った話を教えてくれたことがあって。その人間ならばキランも心を許してくれるかもしれない」
エラの言葉は、どこか希望を感じさせるものだったが、それと同時に一抹の不安も含まれていた。ソッロはその微妙な感情を見逃さなかった。
「いや、エラ。やっぱり……あんたが姪っこさんのそばにいるべきなんじゃないのか?」
ソッロの問いかけは、ただの提案ではなかった。彼の言葉には、エラに対する優しさと、彼女の背負うべき役割を理解しようとする気持ちが込められていた。ソッロは、エラがどれだけ苦しんでいるのかを知っているからこそ、その提案がどれほど重いものであるかも理解していた。
エラはしばらく黙っていた。ソッロの言葉に、微かな笑みを浮かべるものの、その笑みはどこか儚げで、心からのものとは言い難かった。彼女はゆっくりと頭を横に振り、静かに答えた。
「それは……違うわ。」
彼女の言葉は、予想以上に確固たるものだった。ソッロは驚き、彼女の顔を見つめる。その瞳の中には、決して揺らぐことのない強い意志が宿っていた。エラは再び口を開く。
「私がそばにいても、キランが心を開くことはないと思う。ダメなんだ。」
ソッロはその言葉を受け止めながら、エラの視線を見返した。彼女の心の中には、キランへの深い愛情と同時に、どうしても避けられない距離感が存在していることが感じ取れた。
「それに、私には……私にしかできないことがあるから。」
エラはその言葉を最後に、ソッロに向かってもう一度微笑みかけた。その微笑みは、やはりどこか切なさを含んでいたが、それでも彼女の決意が感じられるものだった。
ソッロはその微笑みに答えることなく、ただ静かに頷いた。彼は彼女がどんな選択をしようと、それを尊重するつもりだった。ただ、心の中でエラがどれだけ苦しんでいるのか、少しだけ理解できた気がした。
「ちなみに、そいつはなんて名前なんだ?」
ソッロが尋ねると、エラは少し言い淀んだ後、答えた。
「偶然にも、貴方がよく知っている人間よ。」
その言葉では、まだソッロは何のことか分かっていないようだった。彼は少し眉をひそめ、首をかしげる。
エラは心の中で、あの2人の名前がキランから出てきた時に驚いたことを思い出した。神様は人間の運命で遊ぶのがお上手なことだと、内心で皮肉を込めて思う。