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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第9章 魂の系譜
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到着

ガタンっ。


馬車がリリアの私邸に到着し、車輪が地面に軽く触れる音が響く。静かな揺れが収まると、リリアはふっと深呼吸をした。冷たい外気が馬車の隙間からわずかに流れ込み、彼女はそのひんやりとした感触を感じ取ることで、どこか遠くに飛ばしていた自分を現実へと引き戻すような気がした。


目を閉じることなく、リリアはゆっくりと視線を馬車の中に漂わせた。窓から差し込むわずかな光が、疲れた顔を照らすヴァルの横顔を浮かび上がらせる。その顔には、傷と血に染まった包帯が無造作に巻かれ、まるでその痛みを物語るかのように無表情だ。しかしその目は、どこか遠くを見つめているようで、リリアの目にはその瞳に映るものが何かを求めているように見えた。


その隣で、バッシュは顔をしかめてヴァルを見守っている。少年の顔には、彼が抱える感情が隠しきれずに浮かんでいた。心配と不安、そしてそれに続く何かを感じ取ったリリアは、しばらくの間その二人の間に立ち込める沈黙をただ感じるだけだった。


馬車の中には、血に染まった包帯を巻き、うつろな目をした黒マントのヴァルが座っている。その隣には、心配そうに彼を見守るバッシュの姿。バッシュの目には言葉にならない思いが詰まっているが、ヴァルに対する心配と同じくらい、リリアに対する複雑な感情も交じっているのが伝わってくる。


リリアは目を伏せ、無意識に唇を噛み締めた。

無意識に息を呑むが、すぐにその表情は無感情に戻る。彼女の顔には、悲しみも恐れもない。ただ、揺るがぬ決意だけが浮かんでいた。


「降りるぞ。」


その一言が、車内の静けさを打ち破る。従僕が駆け寄ろうとするが、リリアは無視して一歩踏み出す。


リリアの足取りは力強く、迷いが一切ない。その姿勢には、ただ一つの目的しかないことが感じられる。周囲の空気がピンと張り詰め、リリアの覚悟がその場を支配するようだった。


馬車の扉が閉まる音が響く中、リリアはすぐに振り返り、冷徹な視線を一瞥で投げる。その先には、手首をロープで縛られ、厳重に監視された男――ニズルが立っていた。ニズルはただでさえ震える体をさらに小刻みに震わせており、絶望の色が目に浮かんでいる。


リリアは男を一瞥した後、何も言わずに歩みを進める。だが、すぐに立ち止まり、静かに言葉を発した。


「その醜男は連れていく。私が直接話を聞こう。」


その言葉に、周囲の空気がさらに冷え込み、緊張が走る。リリアの声には一切の感情がこもっていない。ただ、彼女が言葉を発した時点で、その後に何が起こるかはすでに決まっていることを誰もが理解していた。


ニズルは恐怖に顔を歪ませ、震えながらも目をそらさないように必死で耐えているが、リリアの冷徹な目には少しの慈悲もなく、どす黒い感情が渦巻いていた。


「わっ!ちょ……待ってくれ!助けてくれぇ!!」


ニズルの絶叫が、リリアの私邸の静けさを引き裂いた。彼の手足はロープで縛られ、体は不自然に引きずられるようにしてリリアの前に引き寄せられていた。必死に抵抗しようとするも、ロープがきつく締め付けられ、動けない。襟を掴まれたまま、リリアは一切の感情を見せずにそのまま引きずるように歩き出す。ニズルの顔には恐怖と絶望が色濃く浮かんでおり、その目は必死に助けを求めている。


バッシュはその光景を見て、思わず息を呑んだ。


ヴァルの肩を支えながら、バッシュはその場に立ち尽くす。頭に包帯を巻いたヴァルは、意識がもうろうとしているのか、何も言わずにバッシュの支えに身を任せている。バッシュの手はヴァルの肩に触れ、温かさを感じるが、それはすぐに冷たい恐怖へと変わる。


こ、これからどうなるんだ……?


バッシュは心の中で呟いた。リリアがニズルを連れて行くのは、なにか情報を聞き出すためだろう。どうやって聞き出すのだろう。その先を想像してバッシュはゾッとした。

あの冷徹な女のことだから、無駄な情けをかけるはずもない。ニズルがどうなろうと、バッシュには関係ない。しかし、バッシュはそれがどうしても不安で仕方なかった。


「……ヴァル、大丈夫か?」


バッシュはヴァルの顔を覗き込むが、ヴァルは目を閉じたままで、ただ静かに息をしているだけだった。その無表情な顔に、バッシュはまた不安を感じた。ヴァルがこんな状態になるのは初めてのことだった。


やがて、リリアがニズルを連れて私邸の中に入ると、バッシュは一歩踏み出した。リリアの後ろ姿を見ながらバッシュもヴァルの肩を支えながら、のろのろと玄関ホールへと入っていく。


足音が響く廊下の先には、リリアがすでに一番奥の部屋の方へと向かっているのが見えた。彼女の姿が見えなくなるまで、バッシュはその背中を見つめ続けた。


煌びやかな屋敷の玄関に置き去りにされたバッシュはどうすれば良いのか分からず、目の前の豪華な家具や装飾に圧倒されていた。

大理石の床が光り、天井からは豪奢なシャンデリアが垂れ下がり、部屋の隅には高級な絨毯が敷かれている。まるで異世界に迷い込んだかのような感覚がバッシュを包み込む。だが、バッシュはその美しさに目を奪われる暇もなく、ただただヴァルの様子を気にしていた。


ヴァルは、頭に巻かれた包帯から血が滲み時折その表情に苦痛が浮かぶ。バッシュがそっと彼の肩を支え、少しでも楽にさせようとするが、ヴァルは弱々しくも目を開けた。


「……バッシュか」


ヴァルの声はかすれ、いつもの強気な雰囲気とは程遠いものだった。バッシュはその声を聞くと、安堵の息をつき、顔を明るくした。


「ヴァル!大丈夫か!?」


ヴァルはゆっくりと屋敷の中を見渡し、目を細めた。その視線が煌びやかな部屋を滑ると、低い声で呟いた。


「あの男は……」


バッシュはすぐにその言葉に反応した。


「ああ、ニズルか?あいつはあのこわい……いや、リリアって人が連れていったぞ」


ヴァルは微かに眉をひそめ、その名を聞いても表情を変えなかった。バッシュは少し戸惑いながらも、視線の先には、部屋の奥からリリアがニズルを引きずるようにして歩いていく姿が見えた。その動きはまるで感情のない人形のようで、バッシュは思わず息を呑んだ。


「オレたちも……行かなくては」


ヴァルがぼそりと呟き、肩を震わせながらも、バッシュから少し離れてのろのろと歩き出した。

その姿は、まるで力尽きそうな体で必死に前へ進んでいるようで、見る者の胸に痛みを覚えさせる。壁に手を添え、足元がふらつくたびに、ヴァルは無理にその足を踏み出していた。


バッシュはその後ろ姿を見守りながら、ため息をついた。


「え〜…行くのかよ。あの人、めちゃくちゃ怖そうなんだもんな……」


思わずその言葉を口にすると、バッシュは自分が恐怖を感じていることに気づいた。リリアの冷徹な眼差し、そしてその支配的な態度。あの人物がどれほど恐ろしい存在か、バッシュの予感は警告していた。


それでも、ヴァルが歩みを進めるのを見て、バッシュは覚悟を決めたようにゆっくりとその後を追い、二人が入っていった部屋の扉を開けた。


扉の向こうには、すでにリリアがニズルを押し込んでいるのが見えた。部屋の空気が一層重く、冷たく感じる。バッシュは胸の奥で不安を感じながらも、ヴァルと一緒にその一歩を踏み出した。

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