一輪の花
雪が静かに降り積もり、館の屋根や窓枠を覆い隠し始めた。
外の冷気が深く息を呑むように静まり返り、その白さが館全体を包み込んでいた。館の中は、寒さを感じさせない温もりに満ちているが、その空気にはどこか張り詰めた緊張感が漂っていた。
大広間の扉がゆっくりと開かれ、静かな足音が響く。大広間には豪華なシャンデリアが天井から垂れ下がり、壁には大きな絵画が飾られている。重厚な木製の家具が並び、豪華なカーペットが床を覆っている。
センペルは、じっと見つめていた。
その視線の先には、貸家魔女が作り上げたばかりの扉が立っている。扉の表面には奇妙な紋様が浮かび上がり、魔法の力を宿していることが一目でわかった。
「準備できたわ」と、貸家魔女の声が大広間の静けさを破る。その言葉は冷徹で、どこか反抗的な響きを持っていた。
「ああ、良かった。時間がかかったので間に合わないかと思いました」
「……」
「貴女に協力してもらえて良かったです。あちらでもよろしくお願いします、ね?」
センペルの含みを持たせた言葉にエラはなにも言えず、自分を守るように腕を組み、ただ俯くしかなかった。
廊下から大広間に続く入り口扉の向こうから、アナスタシアが現れた。彼女の足音は、静かでありながら重く、空気を圧迫するような威圧感を放っていた。
歩くたびに、周囲の空気がビリビリと震え、まるでその存在が物理的な力を持っているかのようだった。身に纏った漆黒のローブが、彼女の冷徹な雰囲気をさらに際立たせ、まるで暗闇そのものが歩いているかのように感じられる。
「なんだ……移動するのか?」
アナスタシアが冷徹な目でセンペルに問いかける。その声は、まるで命令のように響き、周囲の空気を一層重くした。
「ええ。ここもそう長くいられませんし」
センペルはいかにも楽しそうな表情で答えた。彼の顔には、遊び心が見え隠れしており、この場のすべてを楽しんでいるような、無邪気なまでの余裕が漂っていた。まるで、アナスタシアの冷徹さを逆手に取っているかのようだ。
「しかし…魔女はいつの時代も便利に扱われるなぁ」と、アナスタシアは皮肉げに笑みを浮かべながら、エラの方をじっと見つめる。その顔には、挑発的な色が浮かんでおり、まるでエラを試すような視線を投げかけていた。
「余の眷属が道具のように扱われるのは忍びないが、センペルならば許そう」と、アナスタシアは冷たく言い放つ。その言葉には、無慈悲な響きが込められており、エラに対するわずかな侮蔑が感じられた。
「おや。光栄ですね」
センペルは笑みを浮かべ、アナスタシアの言葉を軽く受け流す。その態度には余裕が感じられ、まるでこの状況そのものを楽しんでいるかのようだった。センペルの目には、冷徹な光が宿っており、その奥に隠された思惑を感じさせる。
「これから退屈しない日々が待っているのだろう?もう洞窟の中は飽き飽きだ」
アナスタシアは言いながら、エラが用意した扉へと歩みを進める。その動きは、輝かしい未来を確信したかのように堂々としており、支配者の風格を放っていた。彼女の姿勢からは、周囲のすべてを支配し、操る力が感じられた。
その時、後ろからいつの間にか現れたブルートが、一輪の花をアナスタシアに差し出す。
その花は、鮮やかな赤色をしており、周囲の暗さの中でひときわ目を引いた。まるでアナスタシアの冷徹さに対する対照的な存在のように、花は静かにその美しさを放っていた。
アナスタシアはその花を一瞥すると、微かに眉をひそめ、冷たい笑みを浮かべながら言った。
「ブルート。また花を摘んできたのか。こんなもの……何にもならないというのに」
そう言いながらもしかし、アナスタシアのその手は花を受け取ることを拒むことなく、軽くそれを握った。
その瞬間、出入り口の方からいつかよく聞いた覚えのある声が響いた。
「アナスタシア……!」