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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第8章 ノヴァリス・ビスタの雪
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ネズミか

ニズルはその時、館の中で暇を持て余していた。ブルートはどこに行ったのだろう。あいつはあの女に会ってからというもの、館を抜け出しては何かをしているようだった。


ニズルはあの女が動くところを見てから、その瞳の凍てつくような鈍い光を忘れられなかった。


ぶるる……と、肩を震わせた。あまり考えない方が良い。考えて、それがどうしたというのだ。センペル様には悪いが、朝が来たら一度ここを立とう。


指を折り、幾つかの言い訳を考えていると、ガタッと何かが倒れる音がした。


ニズルはその音に一瞬、身を固くした。館の中でしばらく静寂を支配していた空間に突如として響いたその音は、まるで何かが壊れたような響きだった。


「……何だ?」


ニズルは静かに立ち上がり、音のした方へと足を進めた。廊下を抜け、部屋の扉を開けると、そこには倒れたバケツが転がっていた。


「……ネズミか」


ニズルは軽く舌打ちをして、館の奥へと足を向けた。考え事をしながら歩き、足音も軽やかだ。ブルートが苦手な寒さを避けるために、南へ向かう計画を立て始めていた。


◇◆◇◆


そんなニズルの思惑を知らぬバッシュは、気配がなくなるまでの間ずっと静かに息を殺していた。


「はぁ〜……!焦った……!」


見つかったかと思った、とバッシュが安堵して隣にいるヴァルの方へ振り返るが、ヴァルの姿はない。


あれ?と思っていると、突然。


「オイ!まぁああたコソ泥小僧かぁあああ!!!」


ニズルの怒鳴り声が響き、バッシュは思わず身を縮めた。ニズルは近くにあった椅子を片手で持ち上げ、バッシュに向かって振りかぶる。


バッシュが身構えた瞬間、ヴァルが飛び込んできた。


「ぐはああああ!!!」


ヴァルの渾身の蹴りがニズルの横腹を直撃し、その勢いでニズルは何もかもを吹き飛ばすように倒れ込んだ。人間が入ったガラスの容器がいくつも薙ぎ倒され、盛大な音を立てて割れる。


緑色のぬるりとした液体が床に広がり、異様な臭いが漂う。バッシュは目を見開き、すぐにヴァルの方を振り返った。


「ヴァル!ごめん!」


ヴァルは無言で肩をすくめ、ニズルが転がるのを見てから、足元の液体に目をやった。

ぬるりとした粘着性のある液体が靴底を濡らした。


割れたガラスの容器から同じ顔をした人間が床に這いつくばる。


「……あれ、あの中って……?」


動かないよな……?


だが、バッシュの言葉が口から漏れることはなかった。かわりに出たのは声にならない悲鳴である。


ガラスの容器の破片が床に散らばり、やがて、ぬるりと緑色の液体が生きているかのように波打った。


次々と、割れた容器の中から不気味な人間の姿が這い出てきた。


顔はすべてセンペルに似ているが、表情は無表情で、動きはまるで人形のようにぎこちない。目が虚ろで、口を開けることもなく、ただ不自然な動きで歩き出した。


一体、二体、三体――と、無言で近づいてくるセンペルの複製たち。彼らの足音は異常に遅く、時折、体がひどく歪んだり、手足が不自然にねじれたりしながら進んでくる。まるで、何かに操られているかのような動きだった。


「こ、こいつら動くのかよ!?ヴァル、気をつけろ!」


バッシュは声を荒げ、近づく複製たちに警戒しながら、足を踏み出す。だが、その動きはあまりにも不気味で、バッシュの背筋に冷たい汗が流れる。


ヴァルは冷静に構え、無言で目の前に迫る複製たちを見つめた。彼らは言葉を発することなく、ただ無理にでも動こうとするかのように、歪んだ動きでバッシュとヴァルに襲いかかってきた。


「くっ……!」


バッシュは複製の一体に近づかれ、振りかぶった手でそれを弾こうとしたが、相手はまるで反応をしない。ただひたすらに迫り、バッシュの手をすり抜けるように体をねじりながら進んでくる。


ヴァルは冷静に一歩後退し、構えたまま複製たちの動きを見守る。複製たちの動きは遅いが、どこか不気味に正確で、何かに導かれているような気配が漂っていた。


ヴァルは冷静に周囲を見渡し、すぐに手が届く掃除ブラシを目にした。何の躊躇もなく、それを手に取ると、素早く振りかざして複製たちに向けた。


バッシュはヴァルの後ろで構えたまま、足元のぬるりとした液体に気づかずに踏み込んでしまった。


……その瞬間、足が滑り、まるで車輪を履いたかのように足が前に出て、バッシュはそのまま勢いよく滑り出した。


「うわあああああっ!」


足元が滑りながらも、バッシュは慌てて手を広げ、必死にバランスを取ろうとするが、すでに遅い。バッシュは見事に前方に突進し、複製たちの間を薙ぎ倒しながら滑っていった。ガラスの破片や液体が飛び散りなかで、バッシュの動きはまるで氷上の上で踊るかのようだった。


「ちょ、ちょっと!なにこれ!?どうやって止まるの!?」


バッシュは叫びながら、滑りながら複製を次々と倒していく。


途中、何度も足元が不安定になり、無駄に華麗に回転しながら転びそうになるが、なんとか踏ん張って滑り続ける。まるでおかしな踊りのように、彼は液体の上を滑りながら、複製たちを次々とぶつけて倒していった。


「うおおおおお!!」


最後に、勢い余ってバッシュは大きな音を立てて壁にぶつかり、ようやく止まった。滑りながら倒した複製たちは、ガラスの破片と液体の中で無惨に倒れている。


「はあはあ……どんなもんだ…!」


バッシュは息を切らしながら、滑ったまま立ち上がると、ヴァルに向かって軽く手を振った。


「……まぁ、結果的には良かった。」


ブラシを持ったままのヴァルは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに肩をすくめて笑った。

バッシュは恥ずかしそうに頭を掻きながら、再び周囲を見渡した。


バッシュに倒された複製たちが静かに動きを止め、館内は再び静寂に包まれた。

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