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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第8章 ノヴァリス・ビスタの雪
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人造人間

屋敷は陰鬱な森の中に佇み、月明かりが冷たく照らしている。高い鉄柵が周囲を囲み、門には古びた金属の装飾が施されていた。それは見る者に威圧感を与え、かつての権威を今も誇示しているかのようだった。


冷たい風が吹き抜けるたび、枯れ葉が舞い上がり、不吉な音を立てる。空からは細かな雪が静かに降り続けており、地面を白く覆い始めていた。しんとした空気の中、雪の降る音すら聞こえそうな静寂が広がっている。


ヴァルは門の前に立ち止まり、冷静な目で屋敷を見上げた。リリアの部下が見せてくれた地図の通りであれば、ここで間違いはないだろう。降り積もる雪が、彼の肩やローブの端を白く染めていく。


「探ってこいと言われても……ここからじゃ中の様子はなんも見えねぇな……」


暗闇の中で目を凝らしたバッシュが、雪を払うように肩をすくめながら呟いた。


あのセンペルのことだ。

どんな仕掛けや罠を施しているのか分からない。雪が一層視界を遮り、屋敷の全貌を曖昧にしている。


ヴァルは屋敷の周りをじっと見つめた。風が吹くたび雪片が舞い上がり、森の影をより深くする。その時、裏手から館を目指して何かが歩いてくる気配がした。


月明かりに照らされたその姿は歪で背が高く、異常に腕が長いように見えた。その腕には、どこから摘んできたのか花を持っている。雪の中を歩くたび、足跡が不自然に深く刻まれ、雪に覆われることなくそこに残り続けている。


(あ、あいつ……!)


バッシュは息を飲み、無意識に両手を握りしめた。その手はかすかに震えているが、彼の目には恐怖だけではなく、警戒心と闘志が宿っている。


(狩人兄弟の背の高い方……!)


バッシュは声に出したい衝動を抑え、慎重に様子を伺った。月明かりの下、その異様な体格は一目で分かった。ヴァルも気づいたのか、無言でバッシュの肩を軽く叩き、二人で気配を殺して後を追うことにした。


森の中で降り積もる雪が足音を吸い込み、二人の動きは静かだった。狩人兄弟の背の高い男は、雪の中を大股で歩き、手に持った花を揺らしながら進んでいく。どこか浮世離れした仕草だが、その足取りには迷いがなかった。


やがて、彼は屋敷の勝手口へと向かっていった。古びた木の扉に手をかけると、わずかに軋む音を立てて扉が開く。彼はそのまま屋敷の中へと消えていった。


仕掛けや罠が仕込まれているようには見えなかったが、ヴァルは油断せず、静かに扉の周囲を観察した。雪が降り積もった地面に、不自然な足跡だけが残っている。それを見つめながら、バッシュが低く呟く。


「……あいつ、どうして花なんか持ってんだ?」


ヴァルは答えず、ただ目を細めて屋敷の中を見据えた。


「……後を追おう」

「おう!ここで待っていても仕方ないしな!」


ヴァルは唇に指を置き、バッシュを静止させた。その仕草に、バッシュは慌てて声を飲み込み、口をつぐむ。森の中に漂う冷たい空気と、雪の降りしきる音だけが二人を包み込んでいた。


「慎重に行くぞ」


ヴァルが低く囁くと、彼は勝手口に向かって足を踏み出した。雪の上に残る足跡を辿りながら、音を立てないよう慎重に進む。バッシュもそれに続き、手袋越しに扉をそっと押した。扉はわずかに軋む音を立てたが、問題なく開いた。


中から漏れる冷たい空気は外気とは異なる、不気味な湿り気を帯びていた。薄暗い廊下が奥へと続いており、古びた木の床はわずかに歪んでいる。壁には煤けたランプが掛けられているが、灯りはなく、月明かりがわずかに床を照らしていた。


ヴァルは一歩踏み入れると、視線を鋭く巡らせた。耳を澄ますが、人の気配は感じられない。だが、この静けさそのものが罠のように思えた。


「さっきのやつ以外、誰もいないのか?静かすぎるな……」

バッシュが低く呟く。ヴァルは小さく頷き、廊下の奥を指差した。


「……行こう」


バッシュは頷き、ヴァルの後ろをついて歩き始めた。足元の床板が時折わずかに軋む音を立てるたび、二人は息を潜めた。廊下の壁には所々に剥がれた漆喰があり、冷たい風がどこからともなく吹き込んでくる。


やがて廊下は二手に分かれていた。右手は暗闇が深く続き、左手にはかすかに別の部屋から漏れる光が見える。


「どうする?」


バッシュが小声で尋ねると、ヴァルは一瞬だけ考え込み、光の方を指差した。


「まずはあそこだ。何があるか確認する」


二人は慎重に足を進め、光が漏れる部屋の扉へと近づいていった。扉は少しだけ開いており、隙間からはかすかに光が蠢いていた。


ヴァルとバッシュは、静かな足音を忍ばせて扉を押し開けると、目の前に広がった光景に一瞬息を呑んだ。部屋の中は広く、天井が高く、壁一面に巨大なガラスの容器が並べられている。まるで冷たい霧に包まれたような空気が漂っており、容器の中に眠るものたちが不気味に光を反射していた。


それぞれのガラス容器は人の身の丈ほどもあり、その中には何かが横たわっている。薄暗い室内で、彼らの姿はぼんやりと浮かび上がり、まるで生きているかのように見えるが、その目は閉じられ、動くことはない。


だが、よく見ると、彼らの顔には奇妙な一致があった。どの容器の中にも、まるで同じ顔が浮かんでいるのだ。


「……おい…….これ……顔が……こいつらがセンペルの作ったものなの、か?」


バッシュが呟き、目を細めた。容器の中に並ぶ顔がすべて同じであることに、彼の胸には不安と嫌悪が湧き上がった。


ヴァルは無言で歩を進め、ガラス容器の一つに手を触れた。冷たいガラスの感触が指先に伝わり、ふと中に目をやると、そこで目にしたものに一瞬凍りついた。容器の中には、仰向けに横たわる人間の姿があった。肌は青白く、目は閉じられており、長い髪が無造作に広がっている。しかし、その顔にはどこか生気が欠けていることに気づく。無表情で、どこか不自然な静けさを漂わせている。


さらに目を凝らすと、隣の容器にも同じ顔が浮かんでいることに気づく。あまりにも正確に、まるで同じ人物のように見えるが、よく見るとその顔は微妙に違う。年齢が異なるのか?

表情は同じでも、目元や口元にわずかな違和感があるように感じられた。それでも、どれもがセンペルの顔を模しているようで、無数に並んだその顔が一層不気味さを増していた。


「……こいつら、生きてるのか?」


バッシュが驚きの声を上げ、ヴァルに目を向けた。ヴァルは無言で頷き、さらに別の容器に目を移す。そこにも同じように横たわる人間がいた。その顔にはどこか異様な静けさが漂っており、まるで無理に眠らされているかのようだった。


「みんな……あの男の顔をしている」


ヴァルが呟いた。彼の目には、容器の中の人間がまるで生きているかのように見えるが、そこに生命の尊厳はなくただ不気味で、異常なものに感じられてならなかった。


バッシュはその場を離れようとしたが、引き寄せられるように足を止め、再びその不気味な容器に目を向けた。

容器の中で浮かぶ者たちは、まるで眠り続ける運命に閉じ込められたかのように、動くことなく静かにその姿を保っている。


その時、バッシュは足元にはバケツがあることなど気がつきもせずに無頓着に足を動かした。

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