誘惑の馨
直接的な表現はありませんが、性的描写になります。読まなくても話しは繋がります。苦手は方はお控えください。(単話だけR18指定できたら良いんですが……)
部屋に満ちる香りは、まるで溶けるように空気に広がり、誰もがその匂いに引き寄せられる。甘く、そしてどこか深い闇を感じさせる香りが漂う。
湿った花々の香り、腐葉土と湿気を含んだ土の香りが混じり合い、まるで無意識のうちに心を奪われるかのようだ。
アナスタシアの動きがその香りをさらに濃くし、部屋全体を包み込んでいく。彼女が一歩踏み出すたびに、その香りは波のように広がり、周囲の空気を震わせる。
彼女の周りには、無数の影が集まり、誰もがその香りに誘われるように、静かに彼女の近くに寄り添う。彼女の存在が、まるで呪縛のように周囲の者たちを引き寄せ、気づけばその目を奪われ、手を伸ばすことなく、ただその空間に身を委ねるしかない。彼女の瞳がひとりひとりを見つめるたびに、その視線に宿る冷徹な魅力が、無言で彼らを支配していく。
手が触れることなく、ただその香りが人々を包み込み、まるで心の奥底に眠る欲望が目を覚ますかのようだ。誰もがその香りに浸り、呼吸が乱れ、胸の奥が熱くなる。だが、誰一人としてその欲望を口にすることはなく、ただ彼女の周りに静かに集まる。その場の空気は、まるで時間が止まったかのように重く、静かに流れ続ける。
アナスタシアの指先がわずかに動くたびに、その動きが空気を震わせ、周囲の者たちは息を呑んでその瞬間を待つ。誰もがその瞬間に引き寄せられ、身体の奥底で何かが解き放たれるのを感じながらも、誰もその感覚を言葉にしようとはしない。触れ合うことなく、ただその香りと視線が交錯するだけで、身体は次第に溶け合い、欲望が静かに、しかし確実に満たされていく。
その香りが薄れていくと、部屋の中にはただ、誰もがその余韻に浸ることなく出て行った。
だが、誰もが心の中で、もう一度その香りを求め、再びその支配を感じたくてたまらないのだ。
「……一応、私の屋敷ではあるのですがね」
アナスタシア。貴女には遠慮というものがないのですか?と、天蓋のベッドの上でだらしなく横たわる複数の裸の人間を横目に見ながらセンペルは呆れたように腕を組んだ。
「ふふ。センペル。余は今……最高に楽しい」
弱い女の体にはいったのは失敗だと思ったが、こんな活用方法があったとはなぁ、とベッドの中の女が囁いた。途端にセンペルの鼻を甘ったるい香りが鼻をついた。
「神明に愛された人間をこの手でこうも堕落させることが出来たのだ!センペル!こんなに楽しいことはない!」
白い肌は、暗闇の中で月光のように輝き、黒い毛皮がその上に滑るように広がる。毛皮は冷たく、しかしどこか温かさを帯び、肌に触れるたびに微細な震えを引き起こす。ベッドの上で、彼女の身体はまるでその毛皮に包まれ、その柔らかな毛が肌を這い、微細な感触を残していく。
白と黒のコントラストが、まるで二つの異なる世界が交わる瞬間を示すかのように、視覚的に強烈な印象を与える。
「あはは!神明よ!どんな気分だ!?お前が愛し、加護した人間が汚れていく姿を見るのはさぞ辛かろう!?」
アナスタシアは両腕を天に向けて仰いだ。
その腕に嵌められた手袋の内側から柔らかな光が溢れ出していたが、やがて潰えるようにその明かりも弱くなり、最後には消失した。
「……散々抵抗していたが、ようやく肉の記憶も抵抗できないほどに薄まったか」
「ずいぶん残酷なことをしますねぇ……」
センペルがベッドの端に座るとぎしりと鳴った。
「奇跡とやらを使うには必要なことだ。……お前もこの“力”が欲しいのだろう?」
「ええ、そのために私も貴女に協力していますからね」
アナスタシアはセンペルの首にそっと両腕を絡め、その手のひらが彼の肌に触れるたび、まるで触れた場所が冷たく、そして熱くなるような不思議な感覚を引き起こした。
彼女の呼吸がセンペルの耳元で微かに震え、腐る前の果物が放つ濃密な甘い香りが、彼の意識を一瞬で包み込んだ。香りはまるで時が止まったかのように、空間に溶け込み、彼の心を締め付ける。
「私と来てくれたら、もっと楽しいことが出来ますよ?どうですか?」
その声は甘く、低く、まるで暗闇の中で囁かれる魔法のように響いた。センペルの心臓が一瞬、跳ねるように鼓動を速め、彼の目がわずかに揺れる。彼女の指先が、彼の首筋を滑りながら、まるでその場所を所有するかのように優雅に動く。その感触が、彼の意識を一層深い場所へと引き込んでいく。
「センペル。お前は私を楽しませてくれるな……!」
彼女の腕がさらに深くセンペルの首に絡み、身体が近づくにつれて、その甘い香りがますます強くなる。センペルはその香りに包まれながらも、内心では警戒心を抱きつつも、心の奥底ではその誘惑に引き寄せられていく自分を感じていた。
アナスタシアの指先がセンペルの肌に触れるたび、彼の体は不意に震える。冷たく、しかしどこか熱を帯びたその手のひらは、センペルの肉体を支配するようにゆっくりと動き、センペルの体内に深く浸透していく。触れられるその瞬間、センペルはただの肉体ではなく、まるで彼女の意志そのものが浸透していくのを感じた。
アナスタシアの目は獣のように鋭く、無慈悲にセンペルを見つめながら、その動きは止まることなく続く。指先が胸元を滑り、彼の体をなぞるたび、センペルの呼吸は次第に荒くなる。だが、それはただの息苦しさではない。彼の体が反応し、抑えきれない欲望がその中に芽生え始めていることを、彼は嫌でも感じ取っていた。
アナスタシアの手が彼の腰に触れると、センペルの体は自分の意思とは裏腹に、彼女の手のひらに引き寄せられるように動く。まるでその動きすらも彼女の意志の一部であるかのように、彼は無意識にその触れ合いを受け入れ、体が熱くなっていく。
彼女の唇がセンペルの耳元に近づくと、甘く冷たい吐息が彼の肌を撫で、心の奥底に眠っていた欲望を呼び覚ます。その感覚が次第に強くなり、センペルはそれが恐怖であることを知りながらも、逃れられない快感に身を任せてしまう自分を感じていた。
(これは肉体のふれあいなどではない。)
その言葉が彼の中で響き渡る。
彼は今、ただの獲物ではない。彼女に喰われ、支配され、消化される存在だと、確信していた。
センペルの意識は次第に薄れていき、ただアナスタシアの手のひらの中で、彼女の支配の中で、肉体と魂が絡み合う感覚に溺れていく。
彼の体は彼女のものとなり、彼女の支配は完全に確立されていった。