騎士団長
騒ぎを聞きつけた街の憲兵たちが次々と現れ、ヴァルとバッシュに目を止めると、すぐにその周りを取り囲んだ。
「なんだ!?何があった!?これは……お前たちが殺したのか?」
憲兵の一人が鋭い声で問いかける。その目は疑念と憤りに満ち、ヴァルとバッシュをじっと見つめていた。
バッシュは一瞬、息を呑んだ。だが、すぐに冷静さを取り戻し、反論しようとした。しかし、憲兵たちは容赦なく、二人を囲み、矛先を向けてきた。
「お前たちが犯人なんだろう?さあ、手を上げろ!」
バッシュの胸に恐怖が走る。バッシュの目の前に立つ憲兵たちは、まるで犯人であるかのように、冷ややかな目で見下ろしていた。
耳元で響く憲兵の言葉は遠く、ぼんやりとしか聞こえない。視界がゆっくりと歪んでいくような感覚に襲われる。心臓が激しく鼓動し、呼吸が乱れる中、ヴァルは自分の体が動かないことに気づいた。
自分がどこにいるのか、何が起きているのか、まるで理解できない。
どうしてこんなことになったのか。
シュヴァイツァーの死、死んだはずのアナスタシアがまるで生きているように動いていたこと、自分が殺したはずのセンペルが生きていたこと、そして今、憲兵たちに囲まれた自分たち――それらの事実が一度に押し寄せ、ヴァルの頭の中は混乱に満ちていた。
目の前で起きていることが現実だとは思えなかった。夢の中にいるかのようなふわふわとした錯覚が続いていた。
その時、低く、落ち着いた声が響き渡った。
「待ちなさい、憲兵たち。」
憲兵たちは声の主の方へ一斉に振り向く。そこに立っていたのは、堂々とした姿の女性がいた。彼女の目には鋭い光が宿り、その存在感は圧倒的だった。
「この二人は無実だ。離してやれ」
低く、鋭い声が響くと、憲兵たちは顔を見合わせ、戸惑いながらも一歩後退した。
彼女はその場に立ち尽くす二人を一瞥し、すぐに憲兵たちに目を向けた。
「あれはリリア・ルクレティアじゃないか……」
「ルクレティア……?まさか、あの王家に連なる一族の?」
憲兵の一人がその名前を呟くと、他の兵士たちも動揺を隠せない様子で彼女を見つめる。
リリアの名は、ある種の王国の人間の間では広く知られたものだと伺い知れた。その名が出ると、誰もが一歩引く。圧倒的な存在であった。
リリアはゆっくりと歩みを進め、ヴァルとバッシュの前に立つ。
「私の部下が事の顛末を見ていた。こいつらは……犯人じゃない。」
その言葉には、迷いの一切がなかった。リリアの眼差しは冷徹でありながら、どこかしっかりとした責任感を感じさせるものだった。憲兵たちは一瞬、戸惑ったような顔をしたが、彼女の存在感に圧倒され、何も言えずに立ち尽くす。
「とはいえ事件の目撃者だ。この2人の身柄は私が預かろう。」
リリアは一歩前に出ると、憲兵たちを静かに見回した。その表情には一切の感情が読み取れない。
「死んだ男……シュヴァイツァーについては、私が調査を引き継ぐ。」
静かでありながら、断固とした声が響く。その言葉に、憲兵たちは一瞬戸惑いながらも、やがて一歩ずつ後退していった。リリアの威厳に圧倒されたのだろう。
ヴァルとバッシュは、ほっとしたように肩の力を抜いた。リリアの言葉が、少なくとも今この場で無実の罪を着せられることはないという安心感をもたらしたからだ。
だが、バッシュはふと気づいた。リリアの瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、深い悲しみが浮かんでいたことに。
「……あんた、シュヴァイツァーのことを知ってるのか?」
バッシュは騎士団の礼服に身を包んだ女に問いかけた。彼女の冷静な振る舞いの裏に隠された感情を、誰にも悟られないようにしているのだと感じたからだ。
リリアはすぐに踵を返し、ヴァルとバッシュに目を向ける。
「……この場を離れるぞ。詳細は後で話す。」
短く告げると、その背中には迷いも弱さも見えなかった。だが、バッシュには、彼女がどこか悲しそうに見えた。