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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第8章 ノヴァリス・ビスタの雪
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後継者

秋が深まり、冬の気配が忍び寄る季節だった。


イーグリス鉱山を抜けた先の村では、枯れた木々が風に揺れ、足元の落ち葉が乾いた音を立てていた。陽が傾くのが早くなり、夕暮れの空は茜色から灰色へと変わるまでの間隔が短い。


その村にロッソの姿はなかった。日没までに掲示板や広場を探したが、何一つ手がかりは得られないまま、薄暗い夜が降りてきた。


次の村にたどり着いた頃には、霜が降りるほどの冷え込みがあった。朝日が昇ると、屋根にうっすらと白い結晶が残り、空気は一層冷たく肌を刺すようだった。その村でもロッソの気配はなく、さらにその次の村へと進む頃には、風は冬の匂いを含み始めていた。


時間が過ぎるにつれ、秋の名残は次第に薄れ、吹き抜ける風には雪を運ぶ前触れが感じられた。それでも、あの狐の契約士の姿はどこにも見つからなかった。


「あのクソ狐――!どこに行ったんだよ!?」


バッシュの怒声が静かな村に響く。枯れた木々が風に揺れ、落ち葉が足元でかさりと音を立てた。答える者はいない。


そして、アナスタシアの棺を背負った男たちの行方も依然として掴めぬままだった。時間だけが過ぎ、山間の冷えた風がすべてを飲み込んでいく。


ヴァルは黙ったまま、薄暗くなり始めた空を見上げると、再び歩き出した。バッシュの苛立ちは膨らむばかりだったが、手がかりは何一つ残されてはいなかった。


「……もしかしたら何かを見つけて、先に行ったのかもしれないな」とヴァルは呟いた。


その言葉には、どこか自分に言い聞かせるような響きがあった。山道を迂回した先でロッソに何かがあった可能性も頭をよぎったが、いまさら戻るのは現実的ではない。


結局のところ、ロッソが無事でいると信じるほかない状況だった。その思い込みにも似た言葉は、冷たい風に溶けて消えていった。


やがて、景色は山間の静けさから少しずつ変わり始めた。木々に囲まれた細い道は広がりを見せ、点在していた小さな村々の代わりに、人の営みの痕跡が濃厚になっていく。


村から街へ、街から都市へ。家々は増え、屋根には煙が立ち上り、遠くから聞こえる話し声や馬車の車輪の音が耳に届くようになった。道端には露店が並び、行き交う人々の活気が寒々とした風景に温かみを与えていた。


足元の土道はいつしか石畳に変わり、冬の冷たい風に混じって、焼きたてのパンや香辛料の匂いが漂う。次第に周囲は賑やかさを増し、広場や市場のざわめきが遠くからも感じられるようになった。


山の村の静寂とは対照的な喧騒が、二人をさらに先へと誘っていく。


ノヴァリス・ビスタは、活気に満ち溢れた大都市だった。大通りには人々が行き交い、馬車の車輪が石畳を叩く音が響く。高層の建物が立ち並び、窓からは明かりが漏れ、街全体が昼夜問わず生きているようだった。商店の軒先には色とりどりの布や金属製品、香辛料の袋が並び、露店では活気のある声が飛び交っている。


見たこともない異国の品々が並ぶ商店の前には、通行人が足を止めてその珍しい品々を覗き込んでいる。革製品や絹の衣服、精巧な工芸品が並ぶ店先では、商人たちが声を張り上げ、売り込みをかける。道端では新聞売りの少年が叫び、路面電車が軽やかな音を立てて走り抜けていく。空気には焼きたてのパンや香辛料の匂いが混じり、活気ある街の風景が目に焼きつく。


だが、その活気の中でも、鉄道の駅だけはどこか異様な静けさを漂わせていた。普段ならば多くの人々が行き交い、列車の発車を待つ人々で賑わうはずのプラットフォームは、今は誰一人として待っている者がいない。


駅の構内には、蒸気機関車の巨大な車両が無造作に並べられている。レールは静かに伸び、車両の窓ガラスは割れ、錆びついた車両が風に揺れている。かつての賑わいは影も形もなく、鉄道は今も運休したままだ。マナテラ巌窟街の崩落がその原因であり、列車が再び走る日がいつ来るのか、誰も答えることができなかった。


静かな駅舎を、ヴァルとバッシュが横目に通り過ぎる。小馬のトロントと、黒い犬の姿に戻ったエゾフを連れて。街に似つかわしくない不思議な一行に、人々は一瞥し、疑念の眼差しを向けるが、誰も口を開くことはなかった。


通行人たちは一瞬足を止め、異様な組み合わせに驚きの表情を浮かべる。しかし、すぐにそれぞれの目的に向かって歩き出し、街の喧騒の中でその一行はすぐに溶け込んでいった。


やがてヴァルは重厚で陰鬱な雰囲気を漂わせる館の前に着くと、その重苦しい扉を開けた。木製の扉は軋みながら開き、暗く冷たい空気が流れ込む。館内は薄暗く、壁には古びた絵画や彫刻が無言で佇んでいる。


足音が静かに響く中、ヴァルとバッシュは奥へと進んでいく。廊下の先に小さな事務所が見え、扉の前で一瞬立ち止まった後、再びその扉を開ける。中には薄い光が差し込み、積み上げられた書類の山と無表情な顔をした葬送儀礼の担当者が待っていた。


「来ましたか」とだけ言う担当者の声が響き、ヴァルは一歩踏み込んだ。


「あなたはなかなかいらっしゃらないので、30年分の書類が溜まっていますよ。」

「オスカー。久しぶりだな」


ヴァルの挨拶には目もくれず事務員は無表情で告げ、目を合わせることなく、机の上の書類を整理しながら続けた。


「処理を進めるには、まずこれらにサインをしていただく必要があります。」


ドン!と、机に山のように積まれた書類が音を立てて置かれる。バッシュはその圧倒的な量に目を見開き、肩をすくめた。


「おお。すげぇ紙の量だな…」


ヴァルはその様子を見て、「わぁ」と反応しつつ、すぐに気を取り直して言った。


「ところで、部屋を一つと、エゾフとトロントの厩を借りたいんだけど。」


オスカーは無表情のまま、書類を一枚一枚とめくりながら淡々と答える。


「厩は裏にあります。お好きにどうぞ。」


バッシュは再び書類の山を見上げ、ため息をついた。


「この量、どうやって処理するんだよ…」


一瞬、手を伸ばして書類を触れようとしたが、すぐに肩をすくめ、手を引っ込めた。


「まぁ、俺の仕事じゃないしな。」


その時、オスカーが無感情に言葉を続けた。


「それと、あなたの後ろにいらっしゃるのが継承者の方ですか?」


バッシュはすぐに顔を上げ、目を瞬かせる。


「え?継承者?」


ヴァルはその一言に驚き、すぐにバッシュを見た。


「ちょっと待て、オスカー、それは…」


オスカーは書類をめくりながら、まるで何事もないかのように言った。


「決まりは決まりですから。後継者が現れたのならその仔細を事務局に提出してください。登録が必要になりますから。」


オスカーの言葉にヴァルの顔が一瞬固まり、すぐに言葉を飲み込んだ。慌てて口を開こうとしたが、バッシュはそのまま目を見開いてオスカーを見つめた。


「俺が後継者って…何のことだ?」


ヴァルは深いため息をつき、言葉を選びながら言った。


「ちょっと、バッシュ、実は君に話してなかったことがあって…」


オスカーは無表情で続けた。


「お話されていないんですか、規則ですからもしよろしければ、後でそちらの彼に詳細をご説明いただけますか?」


バッシュは一瞬、ヴァルの顔を見つめ、その後、無言で書類の山を再び見上げた。


「へぇ……まあ、後で話してくれ。」


バッシュはそのまま書類を無視して、肩をすくめながら、無関心そうに歩き出した。

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