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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第7章 地を抱く脊梁
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念願の

ノヴァリス・ビスタはまるで時代の境界線を越えたような街だった。


石造りの古い建物と新しい技術が見事に調和し、街の中心を貫く鉄道の軌道がその象徴だった。

街には蒸気の煙を上げながら走る鉄道車両が行き交い、鋼鉄の車輪が鉄路を踏みしめる音が響く。その洗練された列車は街の景観に違和感なく溶け込んでいた。


街を横断する鉄道橋は、巨大な石柱に支えられ、遠方の地方と中継地点、そして王国を結んでいることを誇るように聳えていた。


「鉄道が運行停止だと!?」


シュヴァイツァーの声が駅構内に響き渡る。周囲は人々でごった返していた。


「なんという間の悪さ……」


シュヴァイツァーは蒸気機関車の運行停止を知らせる張り紙の前で頭を抱えた。エルフたちの森で亡くなった木こりの家族に遺品を届け、その足で森林地帯を抜けて、ここノヴァリス・ビスタにたどり着いたばかりだった。


帰り道、少々値段が張るが、キランを蒸気機関車に乗せてやりたいと奮発して購入したチケットは、今や無駄になり、シュヴァイツァーの手の中でくしゃくしゃにされていた。


シュヴァイツァーの隣で、キランはじっと立っていた。


古傷のため声を出せないこの少女に、少しでも楽しいものや新しいものを見せてやりたいという気持ちが裏目に出たのだろうか。シュヴァイツァーは申し訳ない思いで簡単に説明すると、聞き分けの良い養女は静かに頷き、シュヴァイツァーの皺だらけの手を引っ張った。


キランと過ごした時間は長くはないが、すでにシュヴァイツァーを家族の暖かさで包んでいた。守らなくてはならないのはオレの方なのに――と、シュヴァイツァーは心の中で思った。


「まぁ、せっかくここまで来たし、観光でもしながらゆっくり帰るか……」


どうせ急ぐ旅でもない。

傷ついた肺がどこまで持つのか、それだけが心配だった。


シュヴァイツァーは何度も胸を押さえながら、深い呼吸をしようと試みたが、胸の奥で鋭い痛みが走る。息を吸うたびに喉の奥がひりひりと痛み、咳がこみ上げるのを必死に抑え込んでいた。


それでも、木こりの友人を見つけた肩の荷が降りたのか、ここ最近では咳の発作も少し落ち着いていた。以前のように激しい咳が続くことはなくなったが、それでも息苦しさが残り、ふとした瞬間に胸が締め付けられるような感覚に襲われることがあった。


シュヴァイツァーは顔をしかめ、再び手で胸を押さえた。


だが、キランの存在が心を温め、少しでも楽しいことを見せてやりたいという思いが、彼の体調の不安を忘れさせていた。


シュヴァイツァーは急に込み上げてきた咳を堪えながら、キランに微笑みかける。それでも、胸の奥で痛みが広がり、息が詰まるような感覚がある。だが、キランの無垢な瞳がそれをかき消してくれる。


「どうだ? キラン、なにか甘いものでも食べて……」

「◾️◾️◾️◾️」


キランはすぐさま振り向いた。

その言葉は、普段我々が使うものではなかった。どこか遠い記憶の中で、キランの耳に馴染みのある言葉が響いた。


奴隷となる前、まだ母が生きていた頃、母だけが使っていた、優しくも切ない響きを持つ言葉。その言葉を聞いた瞬間、キランの心に過去が蘇る。


あの頃、まだ声を出せた時。

母はいつも、キランにこの言葉をかけてくれた。まるで、愛情を込めるように。彼女が微笑みながら語りかけるその言葉は、キランにとって何よりも安心できるものであり、世界で一番大切なものだった。


「◾️◾️◾️◾️」


母が使うその言葉を、キランは何度も真似した。最初はうまく言えなかったが、母の優しい手のひらが頬を撫でるたびに、少しずつその言葉が口からこぼれ落ちるようになった。

だが、声を失ってからは、その言葉を発することはもうできなかった。母の声も、もう二度と聞くことはなかった。


その記憶は今でも鮮明に残っている。


キランはシュヴァイツァーの顔を見てからまた女の方に向き直った。


「お前が、キラン……なのかい?」


振り向くと、そこには長髪を垂らし、派手とも異国風とも言える衣装をまとった女性が立っていた。その姿はどこか不思議で、目を引くものがあった。風に舞う髪と共に、独特な水煙草の匂いが漂ってきた。甘く、少し重い香りが、朝の澄んだ空気の中で不自然に感じられる。

シュヴァイツァーはその女性を見つめるが、なぜかその顔に見覚えがあるような気がしてならない。


彼女の目は、どこか遠くを見ているようで、まるで過去と今を行き来しているかのような、そんな不安定さを感じさせた。シュヴァイツァーは思わず一歩踏み出すが、足元がふらつき、心臓が激しく鼓動を打った。病の影響か、それとも、この女が引き起こす奇妙な緊張感のせいか。


彼女が朝の似合わない、夜の闇に溶け込むような存在であることを、シュヴァイツァーはすぐに感じ取った。


話を聞くと、女はエラと名乗り、キランの母親の双子だと言った。どちらが姉で、どちらが妹なのかは分からない。双子は魔法を使う者の間では忌み嫌われ、生後間もなく引き離されたという。

偶然にも最近、自分にも双子がいることを知り、方々を探し回ってようやく彼女を見つけたのだという。


怪しい女ではあったが、キランを見つめるその眼差しに嘘はなかった。

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