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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第7章 地を抱く脊梁
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裏切り

近くにあったロープをバッシュは素早く手に取ると、下に向かって垂らした。しばらくすると、ロープをつかんだのはニズルだった。


見た目に反して、彼は驚くほど器用に登り始めた。手足を巧みに使い、まるでロープを自在に操るかのように素早く登っていく。その姿に、バッシュは思わず口を開けた。


「お前、こんなに素早く登れるのか?」

「いちいちうるせぇカギだな。」


ニズルは不快そうに言い放ち、再びロープを手に取り、下へと降りていった。


上から見下ろすバッシュの視線を感じつつ、ニズルは追加のロープを手に取り、荷物をロープで結んで引き上げる計画を立てているようだった。彼の動きはまるで余裕を持っているかのように見えるが、その態度にはいつも通りの不快な皮肉が漂っていた。


「…おい、どう考えてもあれをオレとお前で引き上げられるかよ!?」


バッシュが声を荒げると、ニズルはあっさりと答えた。


「いや、大丈夫だ。」


その言葉が聞こえた瞬間、バッシュは突然、背後から響く「ズドン!」という音に驚いて振り返った。すると、どういうわけか、ブルートがその場に立っていた。


「な、なんだ…!?」


あの高さからひとっ飛びでここまでジャンプしてきたように見えるブルートに、バッシュは目を見開き、驚きのあまり尻餅をついた。


「お前、どうやって…!?」


ブルートは首をかしげながら、ゆっくりとカタコトで答えた。


「ブルート、ジャンプ…ぴょーん。」


その言葉を聞いたバッシュは、思わず顔をしかめた。


「…なんだ、それ?」

「ブルート、すごい…ぴょーん。」


ブルートは無邪気に笑って、ジャンプの動きを繰り返した。


ニズルはその様子を見て、満足げに鼻で笑った。


「さすがブルートだな。……これで計画通りだ。」


バッシュはブルートの無邪気な様子と、その異常な身体能力に驚きつつも、これと戦うことになったらどう見ても勝ち目がないのことに気がついた。


ヴァルはどこにいるのだろう。


早くコイツらがこの坑道を出る前に箱を、棺を取り返さないと。


「ガキ、早くしろ!」


バッシュはニズルに言われた通り再びロープを握り直し、次は3人で下に置かれた箱を、アナスタシアの眠る棺を引き上げ始めた。


◇◆◇◆


箱を引き上げるのは重労働だったが、なんとか上まで引き上げると、3人はその場で苦しい息を解放した。ロープを持つ手は擦り切れ、赤くなり、血が滲んでいた。


「はあ…はあ…いってぇ…!」

「いやぁ、良かった!良かった!」


助かったぜ、小僧。ニズルの言葉にバッシュは悪い気がしなかった。


たまが、どうにかしてヴァルを見つけないと、自分ひとりでこの2人を押さえ込むのは無理だ。アナスタシアの棺がどこかにいっちまう。どうするべきだ…どうする…。


バッシュは息を整え、ようやくその場に立ち上がった。


下を見下ろしていたニズルが「来やがったな!」と叫んだ。下を覗くと、大きな黒い狼がこちらをじっと見つめている。


「この山のバケモンだ。追いつかれる前にさっさと行くぞ、ブルート。」


ニズルは冷徹に言い放ち、視線を下に向けたまま、手元を何か動かし、次の行動を確認しているようだった。


ブルートは無言で、棺を背中にしっかりと背負い直す。


「お、ちょ待てよ!」


バッシュはまだ息を整えきれていない状態で、慌てて立ち上がろうとした。痛む手に気を取られながらも、何かを言おうとしたその瞬間だった。


「おっと。お前はここまでだ。」


ニズルの冷徹な声が響き渡った。バッシュがその言葉を理解する暇もなく、ニズルは一瞬で彼の肩をつかみ、力強く突き飛ばした。


「なっ…!?」


バッシュの体が、まるで風に吹かれたかのように空中でひとひねりした。足元が崩れ、次の瞬間には何もない空間に足を踏み外していた。


バッシュの体はまるで風に吹かれたかのように、崖の縁から落ちていく。腕を振り回し、必死に何かを掴もうとするが、空気しかつかめない。


落ちるスピードが加速し、周囲の景色がぼやけていく。心臓が激しく鼓動し、息が詰まりそうになる。目の前には岩壁が迫り、背筋を凍らせるような恐怖が全身を支配する。


崖の下から見上げると、薄暗い空が広がり、岩肌が無情に迫ってきた。バッシュはその瞬間、思わず目を閉じた。もし、このまま落ちたら――。


そして、何かが突然、バッシュの体を引き寄せた。


バッシュが落ちる感覚が一瞬で消え、次の瞬間、何かが彼の体を引き寄せた。温かな、そして強靭な力が彼を掴み、引き寄せられる。目を開けると、そこには巨大な黒い狼が立っていた。エゾフの母親、黒い毛並みが月明かりに輝き、目は鋭く輝いている。


狼は言葉を発しないが、その眼差しには力強い意志が感じられた。バッシュをしっかりと背負うとふわっと地面に着地した。


「お、おまえ……助けてくれたのか!?」


その時、突如として、空気が震えるような音が響き渡った。


バッシュが振り向こうとした瞬間、エゾフの母親は背に乗るバッシュを腹の下へと沈めた。その瞬間、地面が揺れるのを感じた。


「な、なんだ!?なにが起きて……」

「グルル……!」


エゾフの母親が低く唸り声をあげ、狼特有の敏捷さでバッシュを守るように身体を庇った。


その直後、数多の岩石が上から落ち、爆風が一帯を吹き荒れた。


地面が大きく揺れ、爆音が響き渡る。バッシュはその衝撃に身体を強く揺さぶられたが、黒い狼は一歩も動かず、必死にバッシュを守り続けた。


だが、爆発の衝撃で足元の地面が割れ、裂け目が広がり、二人は一気にその下へと引きずり込まれていった。バッシュは狼ににしがみつこうとするが、あまりにも急な落下に身体が反応できない。


「うわっ!」


バッシュが叫ぶ暇もなく、バッシュと黒い狼は暗闇の中へと消え、さらに下の階層へと落ちていった。


「あはは!偶然見つけた爆弾が役に立ったな!」


ニズルは満足げに叫び、振り返ることなくその場を離れた。


「チョコレート……」


ブルートは残念そうに唇に指を充てていた。まるで自分の大好きなお菓子を取り上げられた子供のような表情だ。しかし、すぐにニズルに小突かれ、渋々と歩き去っていった。

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