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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第7章 地を抱く脊梁
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狩られるもの

ニズルは目を細め、周囲の荒れ果てた景色をじっと見つめた。


山の空気は湿っていて、どこか重苦しい。鉱山の入り口は長い間閉ざされていたのか、草に覆われている。かつては活気に満ちていた場所も、今ではただの忘れ去られた廃墟となっていた。


ブルートが棺を引く音が、乾いた音を立てて響く。ニズルはその音に耳を傾けながら、ブルートの表情を気にした。彼は、不機嫌そうな顔をして、時折棺に目を向けては、また視線を山の頂に向ける。その目には、何かを警戒するような、あるいは逃げ出したいような気配が漂っていた。


「ブルート、もう少し我慢しろよ」とニズルは声をかけた。ブルートは一瞬、彼の方を見たが、すぐに無言で顔を背けた。


「ブルート、がんばってる……」と背の高い弟はは低い声で呟いた。


ニズルはその言葉を無視して、棺に視線を戻す。棺の中に眠っている女が一体なんなのか彼にはまだわからない。センペル様のご命令だ。なんであっても必ず届けなくてはならない。

ただ、直感的に感じるのは、これは普通の死体ではないということだ。どこか不自然な気配を感じる。あれほどの水の中にあって少しも腐敗していないのに、棺の中からはいまだに微かな冷気が漂っているような気がする。


山を降りて食うのに困った時には死体漁りなんてしてきたけど、これは今までのものとはなにかが違う。と、ニズルは心の中で呟いた。何かが、この棺には隠されている。だが、それを説明出来るほどニズルは言葉を知らなかった。


早くこれをセンペル様の場所まで届けなくては。


ニズルが思うほどにブルートの棺を引く速度は遅くなっていった。


「おい!ブルート、早く──!」


ニズルが声を張り上げた瞬間、彼の言葉は途切れた。目の前に現れたのは、まるで黒い岩の塊のような巨大な狼だった。四肢は太く、体中には鋭い岩のような鱗が覆い尽くしており、その目は赤く、血のように光っている。周囲の空気が一瞬で冷え込み、重く、息苦しく感じられた。


ブルートは驚きと恐怖の入り混じった顔で後退り、棺を引く手が止まった。


「な、なんだ……これは?」ブルートの声は震えている。


その巨大な狼は、ニズルとブルートをじっと見つめながら、低い唸り声をあげた。まるで彼らを警告するかのように、地面が震え、周囲の空気がひどく圧迫されていく。


ニズルは冷静を保とうとしたが、その狼の存在はあまりにも異常で、思わず手を引いた。彼は狼の動きを見極めるためにじっと立ち尽くし、そして一歩後ろに下がる。


「ブルート、棺と一緒に後ろに下がれ!」


ニズルは声を荒げ、すぐに彼の側から離れるように命じた。それが言うのが早いか、それとも大きな影が動くのが先か。


突然、黒い狼は猛然と駆け出した。音もなく、空気を裂くような速さで、まるで地面を這うようにしてニズルに迫る。その巨体が一瞬で彼の視界を埋め尽くし、足元が揺れた。


「くっ!」


ニズルは思わず足を速め、後ろを振り返ることなく駆け出した。だが、狼の足音はすぐ後ろに迫っている。大地を踏みしめる音が、耳をつんざくように響き、体が引き裂かれそうなほどの圧力を感じた。足元の土が崩れ、転びそうになるが、必死に踏ん張って走り続ける。


振り返る暇もなく、狼はその距離を一気に詰めてきた。ニズルの背後で、風を切るような音が聞こえた。その音がさらに近づくと、ニズルは背中に何か重いものが迫るのを感じた。振り向けば、黒い狼の大きな口が開き、鋭い牙が月光に輝いているのが見えた。


「ブルート!」ニズルは叫びながら振り返った。


しかし、ブルートは動けずに立ち尽くしている。恐怖で足がすくんでいるのか、動こうとしない。


狼の影がさらに大きくなり、ニズルの体が一瞬で捕まるかと思ったその時──


「うおおおおお!」ブルートがようやく動いた。


彼は全力で走り出し、狼の前に立ちふさがるようにして体を張った。しかし、狼はその巨体を一瞬でかわし、再び台車の近くで座り込むニズルに向かって突進してきた。


再び逃げ出そうと立ち上がったその時、ニズルの足元の小石にひっかかり、無様に転がった。反射的に手を伸ばして地面をつかみ、何とか体勢を立て直すが、その隙に狼はまた一歩、さらに近づいてきていた。狼の生暖かい吐息を感じる。


ああ。これでおしまいか。そう思った時。


「かか様!」


女の叫び声が空気を切り裂いた。

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