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番人の葬儀屋  作者: あじのこ
第6章 エコーズ・オブ・パスト
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開けられた扉

洞窟へと繋がる扉が、わずかに開いていた。


ヴァルの視線はそれに釘付けになる。重厚な扉が閉じられているべきはずなのに、隙間から暗闇が漏れている。その事実に、息が詰まるような違和感が走った。


ロッソがスーツ姿の肩をわずかに揺らし、眉をひそめた。


「……?念の為、閉めたはずなんだがな……オレとお前以外に開けられるはずが……どうして開いているんだ?」


その声には明らかな不安が滲んでいた。耳が微かに揺れ、周囲の空気を探るような仕草を見せる。


バッシュが周囲を見渡し、声を落として呟いた。


「風で開いたってことは……ないよな」


洞窟の中の空気は重く、風の存在は感じられない。


「……誰かがここに来たのか?」


バッシュの言葉が緊張を漂わせる。


ヴァルの心臓が速く鼓動した。頭の中にはアナスタシアのことだけが渦巻いている。扉の向こうに彼女がいる――そう感じた。ただ、その確信が揺らいでいくのが怖かった。


「まさか……」


声がかすれた。


ロッソが不安げに扉を見つめている。その表情は明らかに何かを感じ取った様子だった。


しかしヴァルはその視線を無視し、扉に向かって歩み寄った。


「アナスタシア……?」


息を切らしながら、辺りを見渡す。だが、そこには何もなかった。空虚な闇だけが返ってくる。


「オイオイオイオイ……!」


ロッソの声が洞窟内に響いた。焦りが滲んだその声が、空気を震わせる。


「アナスタシアはどこだ!?なんでいないんだ!?」


ヴァルがその瞬間、ロッソの胸元を掴んだ。


「いや!待て待て待て!オレは本当に知らん!」


ロッソが苦しそうに腕を振るう。


「おい、ヴァル!なにやってるんだよ!」


バッシュが間に入って二人を引き離した。


「落ち着け!冷静になれ!」


バッシュの言葉が二人を制止し、緊張が静かに空気を満たした。


ヴァルが地面を掴み、震える手で轍の跡を見つめる。


「跡を追えば間に合うかもしれない……!」


立ち上がろうとしたその瞬間、バッシュが素早くヴァルの腕を掴んだ。


「いや、待てよ!」


バッシュの声には強い意志が込められていた。


「追いかけるって……街の状態を見ただろう!?あんな瓦礫だらけの道で台車に人間を乗せて、運べるか?いや、運べたとして、馬を使っていたら……?」


その言葉にヴァルは足を止めた。冷たく、恐ろしい考えが頭をよぎる。


「いや、そもそもアナスタシアはどうしていない?誰に連れ去られたんだよ?」


バッシュの言葉が、心に突き刺さった。


「ここを知っているのは、お前たち二人だけなんだろう?」


ロッソとヴァルが一瞬、顔を見合わせる。緊張が空気に漂う。


「……いや、1人いる」


バッシュが言いかけたその瞬間、ロッソが表情を引き締めて口を開いた。


「貸家魔女だ」


その一言が空間に重く響き、二人の心をさらに揺さぶった。


◇◆◇◆


「……派手にやってくれたわね。」


貸家魔女は、荒れ果てた巌窟街を見渡しながら呟いた。崩れた瓦礫の山や壊れた石像が、かつての賑わいを思わせる景色を一変させている。その目には、怒りと共に一抹の冷徹さが浮かんでいた。


その隣に立つ老人が、軽く肩をすくめて口を開いた。


「神明様の大いなる御意志とはいえ、あんなに壊さなくても良いと思いませんかぁ?」


その声は、老人の姿からは想像できないほど若々しく、滑らかな響きを持っていた。どこか不自然で、それが彼の本当の年齢を隠しているように感じさせる。


貸家魔女は、その言葉を無視することなく、冷ややかな視線をセンペルに向けた。


「あんたがやったようなもんじゃない。」


その目は鋭く、疑いの念が込められていた。

センペルは、あくまで落ち着いた態度を崩さず、軽く微笑んだ。


「私ですか?まあ、手助けと言えば手助けですけど、結果的にこうなったのは……運命のいたずらですかね。」


彼は皮肉っぽく笑いながら、目の前に広がる廃墟を指でなぞるように見つめた。


「こうして破壊の後に残されたのは、ただの瓦礫じゃない。全てが新たな始まりを告げる兆しに過ぎないんですよ。」


貸家魔女はその言葉に反応せず、しばらく沈黙が流れた。彼女の目には、センペルの言う「新たな始まり」の言葉に対する不信感と警戒が滲んでいる。それが何を意味するのか、彼女にはすでにわかっていた。


「運命のいたずら?」  


貸家魔女は皮肉げに繰り返すと、静かにセンペルを見上げた。


「……あんたがエリオスを誑かしたりなんかしなければ!」


貸家魔女の声は怒りに震え、巌窟街の廃墟に反響した。視線はセンペルを真っ直ぐに捉え、その鋭さは彼を貫くようだった。


センペルはその視線を軽く受け流しながら、唇を歪めて微笑んだ。


「誑かすなんて、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。」


その声はどこまでも軽く、まるで目の前の状況がただの戯れに過ぎないかのようだった。


「ボクはただ、エリオスさんに正直に生きてほしかっただけです。ボクはその背中を押してあげただけ……。」

「エリオスが正直に生きた結果がこれだっていうのかい!?」


貸家魔女は瓦礫の山を指さした。荒廃した街並みが、その言葉を裏付けるかのように静かに佇んでいる。


「どれだけの人間が死んだと……!」


センペルは深いため息をつき、頭を軽く振った。


「はぁ。もうやめませんか?」


その口調は苛立ちすらなく、どこか面倒事を片付けるような冷たさがあった。


「ボクはこういう無意味なものが苦手なんです。」

「無意味……」


貸家魔女はその言葉を反芻し、ぎりりと歯を食いしばった。その瞬間、センペルの背後に控えていた二人の男が微かに動いた。


その姿は一目で異様だった。

一人は見たこともないほど背が高く、異常に長い腕がローブの袖から覗いていた。その影が月明かりに映り、異形の輪郭を際立たせる。

もう一人はそれよりもずっと背が低く、中年の醜男だった。肥えた体躯と不格好な動きは、一見滑稽にすら見える。しかし、どこかにじみ出る異質な空気が、ただの滑稽さでは済まされない何かを感じさせた。


貸家魔女は思わず身構えた。狩人たちは動きを止めたが、その影だけが微かに揺れているように見えた。


「この子たちが気になるんですか?」


センペルが愉快そうに問いかけた。その視線には、冷酷な嘲笑が浮かんでいる。


「安心してください。ただの付き人です。少なくとも……今のところは。」


貸家魔女はその言葉に答えず、ただ目を細めた。彼女の目に宿る怒りと警戒が、わずかに燃え上がるように見えた。


センペルは一歩前に出ると、薄く笑いながら言った。


「それに、貴女も同罪なんですよ?貸家魔女よ。」


その言葉に、貸家魔女の表情が一瞬で硬直し、次の瞬間、怒りと困惑が入り混じったように顔を歪めた。


「何を言っているの?」


センペルは飄々とした態度を崩さず、指を軽く振りながら続けた。


「ボクの提案に乗ったのは貴女ですよ? 扉を開けてもらう代わりに、貴女の身内の居場所を教える――そう、そういう契約でしたよね。」


貸家魔女はその言葉に目を見開いた。胸の内に込み上げる反論の言葉を飲み込みながら、彼女はセンペルの冷たい微笑を睨みつけた。その表情には、後悔と怒りが浮かび上がっている。


「私は……」

「違いますか?」


センペルは楽しげに眉を上げた。


「あの時、貴女の心を動かしたのはボクの甘い言葉でしたか?それとも、自分自身の弱さでしたか?」


その挑発的な問いかけに、貸家魔女は答えを出せず、ただ沈黙する。


「センペル……お前は一体なにがしたいんだ」


低く呼びかけるその声には、これ以上の対話を拒む意思が込められていた。しかし、センペルはその感情すらも楽しむかのように笑みを浮かべたまま、悠然と歩き出す。


「ボクは自分に正直に生きているだけですよ。まあ、あなたも正直になりなさい。そうすれば、きっと素敵な結末が待ってますよ。」


その背中を追いかけるように、狩人たちも静かに動き出した。

狩人たちは大きな荷物を荷台に乗せていた。


狩人たちは無言で棺を荷台に載せた。重さに耐えきれず、木製の荷台がわずかにきしむ音を立てる。貸家魔女の目がその棺を鋭く捉えた。彼女の顔は無表情だったが、わずかに震える指先が感情の揺らぎを物語っている。


棺の中身を、彼女は知っていた。


だが、彼女は何も言わなかった。声を出すことが恐ろしかったのか、それとも自分の感情をセンペルに悟られることを避けたのか。


センペルはそんな彼女の様子を愉快そうに眺め、何も言わずに背を向けた。狩人たちは淡々と作業を続け、棺を固定すると静かにその場を離れる準備を始めた。


貸家魔女はただ、その場に立ち尽くしていた。冷たい風が彼女のローブを揺らし、その表情に一層の影を落とす。


センペルは足を止め、ふと振り返った。廃墟を背に立つ貸家魔女を見つめ、その唇に冷ややかな微笑を浮かべる。


「それでは、貸家魔女。限りある命に幸運を。」


その言葉は、風に乗って静かに彼女の耳に届いた。それは嘲笑か、それとも本当に祝福だったのか。彼女には判断する余裕もなかった。


センペルはそのまま踵を返し、狩人たちと共に暗闇へと消えていった。残された貸家魔女の前には、崩れた街と月明かりだけが静かに広がっていた。

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