怪しい司祭からの依頼
「話は一ヶ月前に遡ります」
馬車が動き出すとアーク司祭は話し始めた。今度はヴァルも目を開けて司祭の話を聞いているようだった。
辺境伯と王国にいる司祭枢機卿から手紙が届きまして、喪明けの儀を行うはずの辺境司祭が行方不明になってしまった。儀式は一ヶ月を切っているので1番近くにいて、かつ優秀な司祭のわたくしに出向してほしいとのことでした。
バッシュは聞いていて自分で自分のことを優秀という大人がいるんだなぁと思ったが、たしかに先ほどのケガレの騒動をおさえた魔法のようなものはヴァルと同じくらい輝いていたし、一瞬で消し去ってしまったから優秀であることには違いないのだろう。
「喪明けの儀礼を行うことと行方不明の辺境司祭を探し出すことが任務として与えられました。いやー正直この一ヶ月の旅路は大変でした…さっきみたいなケガレに何度遭遇したか分かりませんよ」
「あんなのがゴロゴロいるのかよ…」
「しかし、ここ数日では道中ケガレの数が徐々に少なくなっていくのを感じました」
あなたのおかげですね、とアーク司祭はヴァルに問いかけた。ヴァルは腕を組んだままなにも答えなかった。
アーク司祭は構わずに続けた。
「それに、アウルの森で番人の葬儀が執り行われた事も大きかったですね。あの森は一帯を支配していましたからかなり影響力があったのでしょう」
助かりました。ありがとうございます、とアーク司祭は儀礼的に感謝の意を伝えた。
「…依頼があったから執り行ったまでだ。感謝を言われるようなものではない。それに…私は教団とは距離を置いている」
「ええ、存じております。教団があなたに懸賞金を掛けていることも」
「懸賞金ッ!??」
バッシュは驚きのあまり狭い馬車の中で立ち上がって、強か屋根に頭を打った。あまりの音に物見窓からミレーネが大丈夫ですか?と、声を掛けてきた。
バッシュは頭を抱えて俯いた。頭も痛かったが、懸賞金という言葉の衝撃に耐えられそうになかったからだ。
「ヴァル、あんた犯罪者だったのか」
「ははっ、懸賞金とは言葉が悪かったですね。教団が尋ね人としてヴァルさんを探しているんですよ。
ずいぶん昔のことなので教団内でも忘れていると思いますが」
「……」
「勘の良いヴァルさんなら察しがついたと思いますが、どうでしょう。行方不明になった司祭を一緒に探してくれないでしょうか?
もちろん報酬を出しましょう。それに手伝っていただけたなら貴方のことは教団に報告しないでおきましょう」
神明に誓って約束しますよ、と付け加えてアーク司祭は会話のバトンをヴァルに渡した。
アーク司祭は手伝ってほしいとお願いしている割には教団にヴァルの存在を知らせるぞと脅しているのがバッシュにもわかった。
沈黙。ヴァルは話すことを拒んでいた。
「悪いけどオレたちはこれから王国まで行くんだ。寄り道しているヒマなんてないんだよ」と、バッシュは助け舟を出すように言葉を紡いだ。王国に行くのは事実だ。
「王国へ?」
どんな用事で行かれるんですか?と、アーク司祭はすかさず尋ねようとしたがその言葉はヴァルによって遮られた。
「…昔、同じように宗教者や関連する人間が行方不明になることがあった」
ヴァルはようやく言葉を紡いだ。
男とも女ともとれる独特の声は馬車の中で沈黙より重く響いた。
「でもそれは…ずいぶん…昔のこと。同じことが繰り返させれているのであれば止めなくてはいけない」
手伝おう。それが義務だと、ヴァルは短く答えた。
その答えを聞いてアーク司祭は大袈裟に喜んだが、隣のバッシュはムスッとした。
人助けをしている暇はないーーそれなら自分は馬車を降りたらコイツらのそばから逃げよう。1人で王国まで目指すんだ…関所は、まぁどうにかなるだろうと、バッシュは密かに心の内で決めたがそんなことはお見通しのようにヴァルは「すまないが我々としては王国に行くことが最優先だ。道中行きながら行方不明者の探索や情報が得られれば連絡する」と、続けた。
行きながらついでに探すのであればまぁ良しとするか、とバッシュは納得した。
「ええ、それでもありがたいです。この広大な王国領土で人を探すのは砂の中に落ちた針を探すように大変なことですから」
「オレの演奏がどうのこうの言って、最初からこれが目的だったのか?」
「いえいえ、バッシュくんの演奏に胸を打たれたのは事実ですよ」
取ってつけたような言葉にバッシュは少しも嬉しくなかった。
「おや、胸を打たれたのは本当ですよ。わたくし音楽にはとんと縁はありせんが、こんなに心が動いたのは王国の教団本部で叙階を受けた時に聞いた音楽士隊の演奏くらいですかね」
アーク司祭は思い出すように上を見上げる顎に指を置いた。それはたしかに、本当のようだった。
「ふふふっ、では交渉成立ということで誓いの握手でも。あ、わたくし一応契約魔法も使えますが」
アーク司祭は手を差し出したがヴァルは「わかった」と言うだけで黒マントの中の腕は動かなかった。しばらくアーク司祭の腕は寂しく宙を浮いていたが、馬車はゆっくりと停まった。
話に夢中で気が付かなかったが窓の外は森を離れていつの間にか人里近くまで迫ってきていた。ぽつりぽつりと人家が増え、洋燈の数も増えてきていた。
「到着したようですね」
馬車のドアが開き、ミレーユが誘導した。
馬車の外に出ると驚いた。
夜の、しかも外だというのに道という道には所狭しとテーブルや椅子が置かれ、その上には洋燈や蝋燭が並べられ、肉や魚、果物などとにかく溢れんばかりのご馳走が並んでいた。