He who laughs last, laughs best
「ちょっっっっとだけ、やりすぎたか…」
俺の目の前には、更地と化してしまった村が広がっていた。
「まぁ、悪い事ばかりじゃないよな、うん。火も消えたし、森までの見晴らしもよくなったし。立て直しが、しやすくなったよな、間違いない、うん」
避難もほとんど完了していたので、巻き添えを食らった人もいないはずだ。多分。恐らく。メイビー。
今度からは殴る方向を考えないといかんな、うん。
改めて自分の右腕を見てみると、内側から弾けて、筋肉やら骨やらが裂けるチーズを裂いたかのように枝分かれしていた。
「…ひでぇなこりゃ。治るからいいけどさ」
瞬時に神秘で治癒し、元通りに治す。
すぐに辺りを見渡して、神威がどうなったのか探し回った。
「……あ…え……ねぇ…」
何やら声が聞こえたので見に行ってみると、そこには土に埋もれた焼死体があった。
いや、まだ息がある。
炎そのものに変わったのだと思っていたが、どうやらあの形態になっても本体があったらしく、四肢はないものの神威が焼け焦げた姿で転がっていたのだ。
俺が風圧で鎮火してしまったせいで、寿命が一瞬で消えたのだろう。
「そら、改悛の情でも沸いたか?」
「……あり…えねぇ…だろ……俺は……あの人に……選ばれた…特別な…」
会話が成立する状態ではなかったようで、ぶつぶつと独り言を呟いたまま、目は虚ろだった。
「そうだなぁ。権能、だっけか?お前みたいなのに力を与えたやつがいるってんなら、そいつも同罪だな。ただ、それでもお前は度し難いよ」
神威の胸を踏みつけて、レーザーを向ける。
「…羅刹…様…」
「安心しろよ。そいつもいずれ、そっちに送ってやる」
哀れな死に体に、俺は容赦なくレーザーを三発ぶち込み、とどめを刺した。
何度でも再生させてボコボコにしようかと思っていたが、恐らくあの状態になってはもう俺の神秘でも治せない。
あの『炎神』の力は、肉体とは別の、いうなれば魂のようなものを消費して引き出した力だ。
肉体だけ戻しても、中身は戻ってこないだろう。
俺が死者を蘇生できないのと原理は同じだ。
まぁ俺ができないと思い込んでいるだけで、本気でやろうと思えばできるのかもしれないが…どっちにしろ、そんな手間をかけるほどの因縁はない。
戦いが終わり、フェルトの元へ戻る。
「よお、終わったぜ」
傷も治り、彼女は体を起こしていた。
やはり、フェルトは強い。
通常、俺の神秘で治された者は意識を失い、しばらく目覚めることが出来ない。
目覚めても体力の低下が著しく、絶対安静の日々が一週間は続く。
いくら神秘といえど、万能ではないのだ。
けれど、それは被治療者の素養によるところが大きい。
例えば、俺は俺自身の治療で意識を失うことなどないし、ライアだってそうだ。
被治療者の神秘への耐性と、根本的な強さで治療後の回復速度が決まる。
そういった意味で、フェルトは強い。
心臓を治した時も一日で全快したし、今も意識を保っている。
「すっかり元気そうだな?」
「……貴様こそ…やはり、神威なぞ相手にもならなかったな。いや、そうではないな……助けてくれて、ありがとう」
「ハッ、良い顔で笑えるじゃあないの。礼なら、ティアに言いな。怖かったろうに、お前を助けるために町中走り回ってたんだぜ?」
「……そうか。逃げろといったのに…天秤にかけて、諦めろと……いや、そうか。私も、諦められなかったな…」
どこか遠くを見て、寂しそうに笑っていた。
けれどそれは後悔ではなく、どこか晴れ晴れとしたものではあった。
「……私は、これからどうすれば…」
「俺とこいよ」
あっけらかんと、俺にとっては普通の提案をしてみると、彼女は目を丸くする。
「…貴様と?何のために?」
「理由ならなんだっていいさ。いくらでもある。お前は、あれがミサとの最後の別れでいいのかよ?」
問うと、フェルトは自分の胸を撫でる。
刺し貫かれた傷跡が、まだ残っているのだろう。
「……教えてくれ、002。貴様の、旅の理由はなんだ?何のために、あの迷宮を出た?」
「…理由か。当座の目標は、ライアの両親を探すことかな。それと、まぁ一応、俺の失っている記憶を取り戻しはしたい。だが、生きる目的ならいつだって単純だ。楽しむ、幸せになる。これ以上の至上命題がこの世にあるか?」
フェルトがどんな答えを求めていたのかはわからない。
ひょっとしたら、世界平和とか戦線への復讐とか、そういう意識高いやつを求めていたのかもしれない。
だがお生憎様。
俺はいつだって、自分のやりたいことを優先してきた。
善行も人助けも、別にそれ自体に興味はない。
その時、俺がやりたいかどうか。
それが、嘘偽りない、あの時迷宮を出た俺の理由だった。
その言葉を聞いて、フェルトは目を伏せる。
「……あぁ……私も、それだけでよかった。よかったんだな」
それがどういう意味なのか、俺にはよくわからない。
けれど、顔を上げた時の彼女の顔は、期待と童心に満ちていた。
「…一つ、条件を出してもいいか?」
「なんだ?」
「……時々でいい。一緒に、エールを飲んではくれないか?」
「なんだ、そんなことか。いいぜ、ただし、俺より先には潰れるなよ?」
「ははっ…あぁ、望むところだ」
この日から、俺とフェルトは戦友となった。




