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夢の守人 ⑦



 ブザーが鳴り響く。


「実験終了。検体41629、直ちに持ち場へ戻れ」


 この言葉を、待ちわびる日々。

 実験室のロックが解除され、私は自分の足で牢屋へ戻る。



 どこからともなく、『スピーカー』というらしいが、その謎の装置から流れる声に従わなければ首のチョーカーから魔力が流される。

 ほんの少量であるが、息が止まり頭痛が響いて心拍数が上昇する。

 その苦しみを覚えてしまったら、もう逆らえない。

 どんな命令でも従った。

 どんな薬品だって飲んだし、拷問のような施術だって自ら手術台に寝そべった。

 時には剣をもたされて、魔物と戦わされる事もあったし、妙な『映像』というものを見せられることもあった。



 今日もブザーが鳴り響く。


「実験終了。検体41629、直ちに持ち場へ戻れ」


 何度も、何度も。

 この顔の見えない声に従い続けるうちに、まるでそれが神であるかのようにさえ錯覚し始める。

 実際に、声を神様だと心酔し始める子もいた。


 牢屋に戻る度に減っている子供の数を、数える事も無くなって。

 それが当たり前になった。


 死への恐怖も薄れて行って、生きる意味を天から聞こえる声に見い出すようになっていく。


 そんな、あくる日。


 いつものようにソフィアと互いの傷口をアルカナで治療し合っていると、初めて、看守が自ら牢屋の前に現れて発言した。


「明日の実験が最後だ。明日は合同で行う。心しておくように」


 明日が、最後。


 どこまでも愚昧な私は、それを単純に喜んだ。






「聞いての通り、今日が最後だ。今日は最終試験であり、これを乗り越えたものが人類解放戦士となる」


 いつもの真っ白な実験室に、ここまで生き残ってきた五十人あまりの子供達を集めて、話し出したのはシウバだった。


 その声は、いつもの天の声と同じ。


 神様が直接現れたと、恍惚に笑う子供達。


 それが、私とソフィアには異様に見えて、二人で端に縮こまっていた。


「ただし。今日この場で戦士に成れる者は一人だけだ。この意味が、わかるな?」


「……ぇ?」


 戦慄が走った。

 けれどそれは私とソフィアだけで、他の誰も驚く様子はない。


 わかっているの?

 それが、どういう意味なのか。


 いいや、きっと皆わかっていない。

 思考を止めているんだ。


「武器はここにある。剣、槍、盾、弓。しかし数に限りがあるのでな。早いもの順だ。では、健闘を祈る。実験開始」


 シウバは一瞬、可逆的に笑い、武器棚を置いて部屋を去る。

 同時に、ブザーが鳴った。

 実験を始める、いつもの合図。


 すると、まるで迷うことなく、子供たちは武器に殺到した。


「嘘だ……こんなの、正気じゃない…!」


「フェルト!武器を取りに行かなきゃ!」


「無理だよ間に合わない!それに、人殺しなんて出来ないよ!」


「フェルト…フェルトッ!!」


 パニックを起こす私を、ソフィアが強く掴んだ。


「今は…!!生き残る事だけ考えよう…!お願い、私を信じて」


「…ぅ…ぅん」


 小さく頷く私の手を引いて、ソフィアは走り出した。

 武器棚を目指して走っても、もう既にそこに武器はなかった。

 そこには、武器を持った子供たちがいるのみ。


「ふぅ…!ふぅ…!」


 一人が、私へ剣を向けた。


「カルラ…!お願い、武器を置いてよ…!こんなの狂ってる!おかしいよ!正気に戻って!」


 酷く興奮した様子で、震えたまま一歩ずつ、私へ近づいてくる。

 同じ牢屋で過ごした、仲間なのだ。

 全員の顔と名前を知っている。

 私は一人だって欠けて欲しくなくて、一人ずつ数えて探していたから覚えている。


「人殺しになっちゃうんだよ!カルラ、君はそんな事するような人じゃない…!」


「神様神様神様神様神様神様」


 カルラに、私の声は届かなかった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!」


 叫びながら、走り出したカルラは躊躇なく剣を突き出し、私を刺そうとした。


 けれど、私の横からソフィアが飛び出す。


「あぁッ!!」


 ソフィアは体術を駆使してカルラから剣を奪い、そのまま彼女の首を斬りつけた。


「はぁ…はぁ…」


 荒い息を整えながら、返り血がついた顔で私を見る。


「…大丈夫、フェルト?」


「……う、うん……ソフィア、カルラは…」


 そこに横たわる躯体は、もう死体なのか。

 そんなわかりきった疑問を聞きそうになって、口を噤む。

 ソフィアはカルラだったものを弄り、短剣を奪う。


「カルラ、武器を二個持っていたみたい…少しでも武器を多くとって、武器を取れない人を増やそうとしたんだね。賢いよ。おかげで、助かった…はい、フェルト」


 その短剣を、私に渡した。


 受け取ってから、その重みに首を振る。


「む、無理だよ…人なんて殺せないよ…!」


「……うん。わかってる。フェルトは優しいから…だから、自分を守る事だけ考えて。誰かを殺すことなんて、考えなくていいから、ね?」


「私…私は…こんなのって…」


 辺りを見れば、もう動いているのは元々の半分程度しかいなかった。


「フェルト」


「…うん」


「私の事、守ってよ。私も、フェルトの事だけを守るから。二人で生き残ろう?」


「…うん…うん」


 泣きそうな私の手を引いて、すっかり赤く染まってしまった実験室を歩いた。


 結局私は、誰も殺せなかった。

 せいぜい届きもしない距離から短剣を振り回すのが精一杯で、その隙にソフィアが相手を殺し、武器を奪う。

 重傷を負って戦闘不能になった子へさえも、私は何もできない。

 ソフィアが、私の代わりに剣を振り下ろして止めを刺した。


 私がやらなければならない殺しを、何度も肩代わりしてくれて。

 この手は、最後まで綺麗なまま。

 何のために、この手は短剣を握ったのか。

 わからないまま、気付けば二人だけになっていた。


 すると、入口が開く。


「素晴らしい戦いだった」


 拍手をしながら、シウバが姿を現した。


「ぜひ、二人とも戦士として受け入れたいところだが…残念ながら、今回の枠は一つだけなんだ。さぁ、決着をつけろ」


 私とソフィアは、顔を見合わせる。

 ソフィアは笑っていた。

 きっと、私もだ。


「命令に従えないのなら、二人とも死ぬだろう。さぁ、命を選べ。天秤にかけるんだ」


 二人か、一人か。

 何もしなければ二人死ぬ。

 戦えば一人死ぬ。

 救える命と、救えるかもしれない命。

 天秤にかけろと謳うあの男は、何もわかってない。


 私達が殺し合うなど、あり得ないのだ。


 どちらかというと、今死ぬべきなのは…



「シウバァァァァァァァァッァッ!!!!!」



 私は絶叫し、駆けだした。


 お前だ。

 お前さえいなければ。

 お前さえ、死ねば!!


 最後までこの手が綺麗だったことには、きっと理由がある。

 そう、お前を殺すためだ。


「ァァァッァアァァッァァァァ!!!」


 私は突進するように、短剣を突き立てようと…


「────え」


 確かに、この短剣は肉を穿った。


 けれど、それは酷く細く、やわらかく、暖かく。


「…………どうして…ソフィア…?」


 彼女は、まるで最愛の人を庇うかのように。

 シウバを庇って、私に刺された。



「……私…わかっちゃったんだ…」


「……え?」


「フェルトちゃんが、死のうとしてるって」


「……ぁ」


 わかっている。

 私が、シウバに勝てない事なんて。

 けれど、命令に逆らい叛逆し、この命が絶えたなら。

 ソフィアが、戦士に成れる。

 生き残れる。


 そんな算段を、彼女は全て気付いてた。



「……生き残るのは…フェルトだよ」


「待って…お願い、私を、一人にしないで…!!待ってよ、ソフィア…!!」


 短剣を伝って、命が零れる温もりを感じる。

 筋肉を裂いた感触も、臓物を開いた振動も、骨を砕いた痛みも。

 まるで時が止まったように鮮明に、この手に残ったまま。


 誰も殺さないまま。

 ソフィアに守られたまま。

 何の感謝も恩も返せないまま。

 勇気を出してやっと奪ったのが、ソフィアの命だと?

 こんな、でくの坊の無能のために、生き残るべきだったソフィアが死のうとしている。


「……私の分まで、たくさん、生きるんだよ、フェルト………大好き」


「ぁあぁぁああぁあぁ………」


 駄目だ駄目だ駄目だ。

 零れてしまう。血が止まらない。

 私が今死ねば、ソフィアが代わりに生きてくれるか?


 発狂した私が短剣を引き抜こうとしたけれど、ソフィアがそれを許さなかった。


 より深く己に突き刺さる様に、私を抱きしめたのだ。


「やっ…と…言えた………あの日、フェルトが私を連れ出してくれた事………恨んでないんだよ…むしろ、嬉しかった…」


「…そ…そふぃ…あ…」


 嗚咽はないのに、涙だけが流れて止まらない。

 呼吸ができない。

 苦しい。

 死なないで。


「…………フェルト…………愛してる」


 呼吸が止まった。

 脈が止まった。

 死んだ。


「ぁぁぁぁぁ…………ぁぁぁぁぁ…………ぅぅぅ」


 死肉となった親友は勝手に崩れ落ち、短剣が抜ける。


 短剣を逆手にもって、私も彼女を追おうと首に短剣を宛がう。

 そうやって顔を上げると、シウバと目が合った。


「実験終了だ、41629」


 その声を聞いた瞬間、身体から力が抜けて、私は死ねかった。

 とっくにこの身体も、洗脳が完了していたのだ。


「おめでとう。今日からお前は、私の戦士だ」


 感情を映さない無常の瞳に見ろされて、叛逆の意志など絶望に流された。


「返事は?」


「…………了解です。シウバ様」



 この日から、私は正式に戦士となった。




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