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夢の守人 ⑤




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「ぎっ……ぁぁぁぁぁっぁぁっぁあっぁぁぁぁっ!!」



 真っ白で、昼光色の目に痛い光がこれでもかと照射された部屋に、私の絶叫が響き渡っていた。

 七転八倒する手足は手術台に固く縛り付けられ、室内には医療機器と心電図モニターの信号音のみが一定周期に流れるだけ。

 全身を流れる赤血球が全て針に変わってしまったかのような、あるいは血が硫酸に変わったような、四肢の細部に至るまで余すことなく走り続ける激痛。

 意識など瞬きする間に失って、しかし痛みに覚醒する。これを無限に繰り返す。

 心臓が狭心して、血涙が止まらなくて、あらゆる体液をまき散らしながら叫んでいた。


「規定耐容上限量クリア」


 まだ八つの子供が痛みにのたうち回る部屋においては、悍ましいほどに冷静なセリフを研究員が吐く。


「ふぅ…!ふぅ…!」


 やっと収まった激痛に、口枷の間を縫って荒い息が漏れる。

 けれど、この非人道的な部屋に私のそんな様子を気に留める者はいない。


「ランクは?」


 聞いたのは、黒い長髪にアンバーの瞳を持つ三白眼の男だった。


「Cです」


「足りんな。技能士が偽アーティファクトの抽出に成功していたろう。あれを腎臓と置換しろ」


「…ですが、あれは微量のプネウマの漏出が申告されています。森人とはいえ、体内に入れば猛毒ですよ」


「構わん。五年も持てば十分だ。置換すれば、どこまで引き上げられる?」


「既にCランクですから、確実にSまで持っていけるかと」


「よし。術後、忘れずに検体の備考欄に記入しておけ。『死後、腎臓部にある偽アーティファクトを摘出する必要あり』とな。貴重な資源だ」


「承知しました。シウバ様」


 男は研究員に指示を出すと、私に一瞥をくれる事もなく部屋を去る。


 直後、わき腹に激痛。


「んぅぅぅ…!?」


 必死に首を上げて己の腹部を見ると、メスが麻酔もなしに差し込まれていた。


 やめてよ。

 何をする気なの?

 まさか、そのまま腹を開くんじゃないよね?


 必死に首を振り、このままでは死んでしまうと訴える。


 けれど、研究員の手に迷いはなく、痛みで失神と絶叫を繰り返す私を無視して、腎臓を摘出した。










「フェルト…?フェルト…!?ちょっと、しっかりして!大丈夫!?気をしっかり持って!」


 優しい、聞きなれた声。


 暗い、日の当たらない雑居房のような牢に、必死な声が木霊する。

 一人当たり、一畳もないだろう。

 過密に過ぎる牢屋に監禁されているのは一様に子供で、地下牢の夜にはよく響く。


 私はただひたすら、巻かれた腹部の包帯に右手を這わせ、血がべっとりと染みた己のわき腹へ爪を立てて絶望に耐えていた。


 フラッシュバックが、止まないのだ。


 何度も何度も、自分の臓器が引きずり出される感覚が、冷たい空気に臓物が当たる感覚が、幻覚とわかっていながら蘇る。

 だから、もう私の腹は塞がっているんだと、そう言い聞かせるために傷口に爪を立て続けていた。


 その間、ずっと心が虚ろなままで。

 自分自身が上げ続けた絶叫が幻聴となって、脳内で響き続けている。

 その声がうるさくて、黙れ黙れ黙れと口の中でぼそぼそ喋っていたところに、声がかかった。


 ハッと顔を上げると、泣きそうな顔で私をのぞき込む同年代の少女がいた。


「…………ソフィア」


 少女の名前を呼んで、自分でも驚いた。


 枯れてしまった私の声は低く、か細く、別人のように濁っていたからだ。


「大丈夫だよ、フェルト。私が側にいるから。大丈夫」


 そう言って抱きしめてくれる肌のぬくもりに、涙がこぼれる。


 この子だって、私と同じだけの苦しみを負ってきたのに。

 それでも、私を慮ってくれる。

 かけがえのない、私の親友。


「ありがとう、ソフィア。でも、ごめんね。私が、あの男を…シウバを信じてしまったから…」


「仕方ないよ。シスターだって、私たちを笑顔で見送ってくれた。きっとシウバに騙されたんだ。だからフェルトだけのせいじゃない」


「……本当に、そうなのかな。シスターは、もしかしたら全部知ってて、私たちを売ったんじゃ…?」


「そんなわけない!絶対違う!」


 ソフィアは私からバッと離れると、泣きながら首を振る。


「…違うよ…違うもん…シスターが、こんな場所だって知ってて、私たちを送り出すはずない…」


 私は馬鹿だ。

 ソフィアは私よりもずっと、シスターを慕っていた。

 母娘のように甘えていた。

 そんな相手に、裏切られたかも、なんて言っても相手を傷つけるだけだ。


「ごめん、そうだよね…ごめんね、ソフィア」


「うん、いいよ……一緒に、絶対一緒に、孤児院に帰ろうね。フェルト」


「うん。絶対に二人で」


 ぎゅっと二人で手を握り合い、笑いあう。

 そうしていると、同居人たちがこちらを見ていることに気づく。


 布団もなしに詰め込まれたこの地下牢は密度が高く、会話もしぐさも筒抜け。

 だからこそ、きっと私たちは目立っていたのだ。


「お前ら仲良しなんだな!あたしも混ぜろ!」


 胡乱な瞳がこちらを射抜く中、話しかけてきたのは赤髪の女の子だった。






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