come rain or shine
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「<相対的同位体>!」
身体能力を飛躍的に上昇させるアルカナを使う。
デメリットはある。
身体能力を引き上げれば引き上げるほど、効果が終了した後、莫大な反動が押し寄せ、最悪の場合死に至る。
最悪の場合、というのは少し矮小化しすぎた言い方かもしれない。
ほとんどの場合、反動で死ぬ。
そのため、アルカナの中でも禁忌術に指定され、この術を知る者は少ない。
しかしこのアルカナは任意の出力で自身を強化でき、強化した分だけの反動を与えるため、繊細にコントロールすれば死を免れることができる。
私が戦線で生き残るために学んだ、得意のアルカナだった。
「またかよテメェ!聞いた事もないアルカナ使いやがって!」
驚愕に慄く神威に接近し、長剣で下から切り上げる。
「チッ!小賢しいゴミが…!」
私の一撃を既の所でかわすと、神威は黒く燃える腕で私の顔面を殴り飛ばしにかかる。
剣を盾に防ごうとしたが、剣は小枝のように折れて私の顔面を歪ませ、吹き飛ばした。
「がっ…!?」
凄まじい膂力だった。
乱雑に、およそ技術なぞ感じない素人のようなパンチで、私の身体は燃え盛る家々を破壊しながら転がった。
「なんてパワーと、速度…!」
「いい加減理解したかよ、エルフ。角もねぇ、翼もねぇテメェらエルフじゃ、どんなにアルカナで小細工したって埋められねぇほどの、圧倒的な生物としての壁があるんだよ。身体の中に直接魔力が流れてる俺ら魔人と比べちまったら、呆れるほどの劣等種だよなぁ?」
「…レイシストめ」
「ハッ!事実だろォ!?」
狂気に顔を歪めて、男は黒炎を振りまく。
私は瞬時に辺りを見渡し、最も近くにあった死体の方角へ転がった。
その速度は俊敏で、経験したこともないほど私の身体は軽かった。
理由はもちろん、ティアだ。
あの子の『永世冠位』は他者の心を掌握するだけでなく、他者のポテンシャルまで引き上げてしまう。
本来、永世冠位の持つ力は一つ。
しかし、使い方次第で複数の効果を持つ異能もある。
それがどのようなものかはわからないが、恐らくティアの異能は最高峰のもの。
その圧倒的な効果は、まるでVllを装備しているかのよう。
当然、Vllを装備していればこの程度の相手に手間取る事はないのだが、そう思えてしまうほどの機動性ではあった。
瞬間移動が如き速度で死体まで到達すると、そこには狙い通り、剣が落ちていた。
けれど、それは酷く短い小剣だった。
手に取るかどうかわずかに迷うが、文句を言っていられる状況ではなく、手持ちの折れた長剣と合わせて、短剣の二刀流となって走りだす。
迫る炎はプネウマを纏わせて短剣で切り裂き、神威の正面へ躍り出た。
「チッ、速ぇ!?」
私はわずかに飛び上がり、落下と回転の力を込めて短剣を振り下ろすが、男はそれをいとも容易く前腕で受け止める。
魔力で部分的に強化しているであろう前腕は鎧を纏っているように固く、浅くしか斬れない。
だがそこで攻撃の手を止めず、続け様に短剣を振るった。
「このっ、犬みてぇにちょこまかと…!」
神威の纏う炎が膨張し、周囲一帯を焼き払う。
私はバックステップで躱しながら距離を取り、神威を中心に走りながら回った。
「うぜぇなぁ…これ、使うかぁ」
そう言って気怠そうに上げた左手には、重厚な腕輪が嵌められていた。
「魔道具…いや、遺物か!」
その腕輪は、恐らくアルカナが秘められた迷宮の遺物。
遺物であれば、種族に関係なくアルカナを扱える。
咄嗟に警戒し、私はさらに大きく距離を取った。
しかし…
「…あ?なんだ…?どうして遺物が起動しねぇんだ…?」
神威の掲げた左手には何の音さたもなく、静まり返ったまま。
「…あぁ、なるほど。そういう事かよ」
何かを理解した神威は、私を忌々し気に睨む。
「空気中のアルカナがテメェに集まって、俺にそっぽを向きやがる。こんなの初めてだぜ。この俺とここまで戦えるエルフなんざ、聞いた事がねぇぞ」
「……それは勉強不足だったな、賢者」
「いいや、こう見えても勤勉でね。森人の領域を攻める前に、一通り実力者は調べた。警戒すべき連中なんざほとんどいなかったがな。せいぜい、領域首都に一人か、二人いたかどうか。テメェの顔は、初見だぜ?」
狂気の笑みとは打って変わって、神威の瞳は鋭く私を射抜いた。
「何もんだよ、テメェ。答えろや」
「……はぁ…」
Vllさえあれば、こんな面倒な質問、答える必要も時間も与えず、この男を瞬殺できていたのにな。
貴様のせいだぞ、002。
私からVllと、地位と、居場所と。
全部を奪っておきながら、命を与えて。
おかげで、ティアを守れた。
だから、せめてあの子くらいは代わりに守ってくれよ。
「…私は、ただの……二級冒険者だ」
両手の剣を構えて、私はありのままに答えた。
「……そうかよ。いいぜ、しょうがねぇから、本気出してやる。冒険者」
刹那、空気が変わった。
正面から迫る炎が、目で追えなかった。
「なっ!?」
大津波に流されるように、全身を炙られながら自らの背骨の折れる音を聞いた。
下半身の、感覚がなくなって。
意識が混濁し、吐く息が煙で白い。
立ち上がろうと足掻くが、首から下が動かない。
「認めてやるよ。強かったぜ、冒険者」
男はもう、私をエルフとは呼ばなかった。
それが少し嬉しくて。
呼吸が、浅くなっていく。
違う。
出来ないんだ。
肺が、ちゃんと動いてくれない。
男が右手を私に向ける。
炎が揺らめく。
死ぬ。
でも不思議と怖くない。
きっと、これが二度目だから。
馬鹿だなぁ。この男は。
私はもう、何もしなくても死ぬのに。
いや、だからこそか。私がすぐに楽になるように。
「……み……さ…」
最後に、お礼が言いたかったな。
002にも、一応、ちゃんとお礼、言わなきゃ。
言えないままか。
「じゃあな、名も知らない冒険者」
そうして、私に炎が放たれた。
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