The ball is in your court
-----------------
「ティアッ!ティア!起きろッ!!」
激しく、力強い声に鼓膜を殴られて、不快感に目を開けた。
「お姉さん…?」
視界に映ったのは、満点の星空で。
その星々を燻るように、赫奕とした焔が燃えていた。
「なに、これ…?」
私が居たはずの教会は崩れ落ちて瓦礫に変わり、私もまたそのがれきの下敷きになっていた。
そんな私を助け出そうと森人のお姉さんが瓦礫をのけ続け、必死に声をかけてきていた。
「ティア!生きていたか!」
「お姉さん…一体、何が起きたの…?」
聞くと、お姉さんは悔しそうに唇をかみ、辺りを見渡した。
瓦礫の下にいる私には見えなかったけれど、右足を押しつぶす最後の瓦礫をお姉さんがどけてくれたので、やっと体を起こして周囲を見渡す。
「うそ…」
信じられない光景だった。
炎はこの教会だけでなく、町のすべてを包み込み、悲鳴と恐慌が蔓延している。
火矢が放たれて家を燃やし、どこぞの兵隊が無抵抗の森人を殺して駆ける。
一部の冒険者や衛兵が応戦するが、数の暴力によって死体が積み重なるばかり。
「この町はもうだめだ。逃げるぞ」
「え…!?だめだよ、この街にはお父さんが…!それに、天人様だって!」
「この状況になっても、まだわからないのか!?奴は、お前が思っているような女神なんかじゃない!現に、私が貴様を助けなかったら、圧死していたんだぞ!」
「で、でも!またあの人が、天人様が絶対に、来てくれるから!だからお父さんを…!」
なおも縋ると、お姉さんは怒りと焦燥を押し殺して私の視線まで屈みこみ、肩に手を置いた。
「いいか、ティア。今ならまだ、貴様一人は助けられる。父親と、002を諦めろ」
「そんな…ッ!」
「私は今まで、何人も人を殺してきた。いくつもの地獄を見てきた。この世界じゃ、この程度の理不尽は日常茶飯事だ。私たちは常に、救える命と救えるかもしれない命を天秤にかけなければならない」
「…難しい話は、わからないよ」
「貴様の元々いた村での悲劇は、シスターから聞いている。なればこそ、その地獄を生き抜いた貴様は、全ての命を背負って生き続ける責務がある。私もそうだ。だから、今は生き延びることを優先する。父親と002を探すのは、生き延びた後私が引き受けよう」
「…お姉さん…」
「諦めて、おいていけ。おいた後、もう一度取りに戻ってこよう。いいな?」
「…うん」
「よし。いくぞ」
お姉さんに腕を掴まれて立ち、走りだそうとした瞬間だった。
「誰の許可を得て、出て行こうとしてんだ?」
振り返れば、炎が迫っていた。
蛇のような俊敏さで私たちを飲み込もうとするそれを、お姉さんは咄嗟に握っていた剣で切る。
すると、私たちは二つに分かれた炎の間で熱風を感じるだけにとどまる。
「おいおいおいおいおぉい!炎を剣で切る奴がいるかよっ!?なにもんだテメェ!」
癇癪を起した子供のように地団駄を踏む男は、さきほどの神威という男だった。
お姉さんはいつの間に手に入れたのか、ボロボロの長剣を左手に持っている。
見るからにボロボロのそれは、私が気絶している間に拾ってきた物だろう。
「生憎、持ち合わせがこんな剣しかなくてな。もう少しまともな武器があれば、逃げる必要もなく、真っ先に貴様の首を捕りに行っていたんだが」
「言うじゃねぇか女ァ!さっきはそこのガキ抱えて俺の炎からブルブル縮こまる事しかできなかった癖してよォ!」
「貴様こそ、不意打ちの攻撃で女子供を殺せぬとは、七政賢が聞いて呆れる腕前だな」
「ぁんだと?手加減してやってんのがわかんねぇのか売女エルフ」
神威を挑発しながら、お姉さんは私をそっと追いやり、目配せをする。
「ティア、走って逃げろ」
「い、いやだよ!そんな事したらお姉さんはっ…!」
私にはわかっていた。
お姉さんが神威を挑発しているのは、私から気をそらせるため。
そのせいで例え自分自身が残忍な殺され方をするとしても、私を守ろうとしてくれている。
「いいから、逃げろ。癪だが、奴を…002を見つけたら、助けを乞うんだ。奴の庇護下にあれば、どんな場所だろうと安全だ」
「嫌だよっ!お姉さんだって、私を助けてくれた、命の恩人だもん!もうこうやって、誰かに守られるのは嫌だ!」
「…先ほど言ったろう、ティア。救える命と、救えるかもしれない命を天秤にかけるんだ。私を諦めて、先の未来へ進むんだ」
「諦められないよっ!もう大切な人の命を、諦めたくないっ!」
左手首が燃えるように熱くて、赤く光るそこからお姉さんへ何かが流れ込んでいく。
お姉さんが驚いたように目を見開くが、私にはそれが何なのかわからなかった。
「ふっ…こんな異能は初めてだ。他人の力を増幅させることまで出来るとは…もう、君からは土産を貰った。十分だ」
「でもっ!」
そんな会話を遮るように、神威の熱が膨張する。
「内緒話かァ!?俺もまぜろよ寂しいだろォ!?」
真っ黒な炎が津波のように押し寄せて、再びお姉さんがそれを切り裂く。
しかし、範囲の広いその攻撃から私を守ろうとして、お姉さんの四肢が焼けて饐えたにおいが立ち込めた。
「さぁ!!走れよッ!ティア!!」
あぁ、まただ。
また私は、守られてばかりで。
涙も嗚咽も飲み込んで、また私は、お姉さんを置いて走りだした。
-----------------




