神というか、女神であらせますので。 ②
「いや、私は遠慮する…!002については、貴様の父親に聞くとする…」
咄嗟に断って、ティアの手を振り解こうとするが、しかし彼女は両手で掴んで離そうとしない。
「お姉さんは天人様とどういう知り合いなの?あの御方の素晴らしい力はもう見たことある?あっ、でもそうだ、あの日の戦いは誰にも言っちゃダメって約束だったから……うーん…」
勝手に盛り上がっては勝手に悩みだし、ティアは上を向いて考えだしてしまった。
この隙に抜け出そうとした刹那、ティアはうわの空から帰ってくる。
「よし!わかった、じゃあ天人様の治癒の素晴らしさを教えるね!まさに女神の御業で、天人様の奇跡!この地上の誰にも出来ない神秘の輝きが、私のお父さんや村のみんなをどうやって癒したか!」
その目があまりに輝いていたから、私はさっさと退散すべきとわかっていながら、疑念をぶつけずにはいられなかった。
「…何故だ?ティア…貴様は…君は何故、奴をそれほど信じられる?何か、奴の非道な行いを見なかったのか?」
「見たよ。たくさん見た」
驚くほどあっさり、彼女は首肯する。
「ならば、何故…?恐ろしくはないのか?それほど絶対的な力が、自分に向くとは思わないのか?」
「思わないよ。だって、命を救ってもらったから。信じるのに、それ以上の理由がいる?」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間、何か、自分の中の見落としていた感情に気づいたような、そんな気がした。
「ねぇ、お姉さんもそうなんじゃないの?」
「それは……」
絶えず鼓動する、自身の心臓。
そこに耳を傾ければ、過るのは002の暖かな手。
命を、繋いでもらった瞬間。
私だって、信じたいと思ったんだ。
けれど、私と彼女はわかりあえなくて、敵同士で…
「よかったら、お姉さんの話も聞きたいな。お姉さんは、天人様とどうやって知り合ったの?」
ティアの瞳に吸い寄せられるように、時が止まるように。
私の心は揺れ動いていた。
この不安と焦燥、葛藤、その全てを、誰かに打ち明けられたら。
教会に赴いたこの足も、少しは軽くなるのかな。
そんな風に、思ってしまって。口を開きかけた時に、その声は唐突に響いた。
「その話ぃ、俺にも聞かせてくれよ」
鼻をツンと刺す刺激臭に横を向くと、隣の長椅子には浮浪者のような男が座っていた。
その異様に、しばし沈黙が流れる。
「……お姉さんの知り合い?」
どうやらティアも知らない人物だったようで、私の手を掴むティアの手が怯えたように震えたのがわかった。
フードを目深にかぶり、足を放り出して深く座っているその男は、よれたローブのポケットに両手を突っ込んだまま。
いつ現れて、どこから来たのか。
「…誰だ、貴様は?」
何故、ただ話しかけられただけで、これほど悪寒が走るのか。
その正体も掴めないまま、じっと男を凝視する。
「七つの大罪って、知ってっか?」
「…哲学の話か?」
「まぁそう言うなよ。知ってるか?」
「七つの死に至る罪、だろう?」
「おー、勤勉じゃねぇか。なら、七つの社会的罪については?」
「……知らん、そんなもの。いい加減、私の質問に答えたらどうだ?誰なんだお前は?」
業を煮やした私の言葉にも動じず、男は教会のステンドグラスを見上げた。
「マハトマ…だとかいう、どこの世界の誰だかも知らねぇ奴が考えた、社会が対峙しなければならない罪、らしい……『七大魔獣』といい、どうもみんな七って数字が好きだよなぁ」
「何の話をしている…?」
「俺の母国は、このどこの誰がいつ持ち込んだかも知らねぇ罪を、大事に抱えて執政官に背負わせてんだ。つまりよぉ……俺はそこでいう『良心なき快楽』……七政賢の良快、神威涯様ってわけだ。この意味、わかるか?」
やっとこちらへ顔を向けた男のこめかみには、二本の角が生えていた。
いや、よく見ると右側の角は一本ではなく、二本が絡まって生えている。つまり、三角の魔人。
魔人が、森人の領域にいる。
それだけでも異常であったが、七政賢、という事は……
「貴様…瘴国の執行官かッ!?」
「大正解だ、薄汚いエルフども」
神威は、嗜虐的に笑って魔力を纏い出した。




