神というか、女神であらせますので。 ①
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「つまり、天人様は完全にして完璧であり、完成された女神であらせられるわけです。ここに祀られたあらゆるステンドグラスや天人像には脚色と虚偽があり、本来の天人様には華美な虚飾なぞ不要なのです。翼や天理の輪さえその信心が見せる幻覚に他ならず、この森人の領域に顕現せし002こそが天人様なわけであります」
「おおー!」
孤児院の教会にて、意味の分からない言説が説かれ、それに感嘆の声を上げる数人の子供の姿に、私は困惑を隠せなかった。
「なんだ、この状況は…?」
荒唐無稽な言説を説いているのは、私が冒険者協会に行く前に出会い、頭を撫でたティアという女の子だった。
つい先日、純真無垢に中央塔で跪き、祈りを捧げていたはずの彼女は、まるで司祭のように教壇の上から同年代の子供たちに意味不明な思想を植え付けていた。
よく見ると、ティアの左手首に浮かぶ赤い文様が明滅するように光り、その瞳に怪しげな力が宿っている事が感じ取れた。
「これは…まずいな…」
明らかに、『永世冠位保持者』の異能。
しかも、赤い光というのは、人類解放戦線ならば無条件で選抜戦士に選ばれるほど強力な力を持つことを意味する。
「何をしているんだ、ティア」
思わずティアの演説を中断するように話しかけると、彼女は動揺のかけらもなく、酷く落ち着いた視線を私に向けた。
「あっ、こないだのお姉さん。久しぶりだね」
「……」
「お父さんがね、目覚めたんだ。まだ歩けるほど体力が戻ってないから、孤児院にはお世話になってるけど。そこで仲良くなったみんなに、お父さんの話をしてたんだ」
ティアの目線を追って聞き入っていた子供たちを見ると、みな今か今かとティアの話の続きを目を輝かせたまま待っている。
完全に心身を掌握されているその様子は、戦線で散々見てきた洗脳状態のそれだ。
「一体どう話を転がせば父親の話が天人の話になるんだ……おい、貴様らはもう孤児院の本棟に戻れ。ティアの話は終わりだ」
「ええー!」
不服そうにする子供たちへしっしと手を払い、教会から出て行かせる。
「私の話、嫌いだった?」
自分の話を勝手に中断されたというのに、感情の起伏さえ見せず、穏やかな声。
振り返ってティアを見ると、案の定、開祖の如き悟った微笑みを浮かべていた。
「……異能で洗脳して、教祖様にでもなるつもりか?」
「…?なんのこと?」
やはり、無意識か。
「…いや、気づいていないならいい。だが、もうその話を友達にするのはやめるんだ」
「どうして?素晴らしい話なのに。お姉さんにも、ぜひ聞いてほしいな」
あまりに、無辜な振る舞いだった。
子供の無邪気な可愛さを詰め込んだ、心のひねくれた私でさえ頬が緩んでしまいそうな微笑。
しかし、私にはわかる。
ここで一たび耳を傾ければ、もう私はこの子の傀儡になってしまう。
「いや、遠慮しておく。それより、いくつか質問したい」
「いいよ。じゃあ、座って話そ」
末恐ろしい。
まだ一桁であろう未熟さで、油断すればあっという間に会話のイニシアチブを奪われる。
ごくりと唾をのんで、教会の長椅子に並んで座った。
「ティア、貴様が002と知り合いだったとはな。父親を治したのが奴ではないかと考えて、ここまで来たが……002を、その、神のように崇めているのか?」
「んー…神というか、女神であらせますので。天人様と、私は呼んでるよ。でもそれは、私の知り得る知識の中で、あの御方を表すのに最もふさわしいと思ったのが天人様だっただけで、あの御方はそんな種族とか、宗教とか、そんな枠組みの外側にいる存在だと私は考えてる」
「……何故、そこまで心酔している?奴に、何をされたんだ?」
瞬間、聞いてしまったことを後悔した。
一瞬にして私の手を握り、過度な愛撫でもされたみたいに紅潮させた頬と溶けそうな瞳で、私を見てきたからだ。
「聞かせてあげるね。天人様が、どれだけ素晴らしいかを!」




