60210~60225
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「報告します。無尽の翼の反応健在。ミサ様からのシウバ様への報告との齟齬を確認。シウバ様へ連絡を取りましょうか?」
部下からの報告を聞きながら、私はタブレット端末を操作しログを確認する。
バッテリーの残量と、本部から適宜送られてくる指示書を照らし合わせ、現場の状況へ作戦を落とし込む作業だ。
物理的に可能なことと、不可能ならばどのように弥縫するか。
思案を巡らせる私の頭上に、月明かりが照り付ける。
空を見上げると、すっかり満月が真上まで来て、森の底まで寝静まっているようだった。
「……いかがいたしますか、班長」
業を煮やした部下の催促なぞ無視をして、顔を上げる。
森の間隙を縫ってわずかに見えるのは、カルメン村。
「目視で確認できたのは、守護者と見知らぬ女一人。41629の姿は確認できなかった。ミサ様からの報告通り、41629を始末したというのなら、何故死体が見つからない?」
「燃やして弔った、とシウバ様には仰ったそうですが…」
「その火をお前は見たか?」
「いえ…」
「ほんの一時間程度だったが、私たちはミサ様を見失った。今まで私たちに監視されていることなぞ気づいてもいないかのように振舞っていたあの方が、突如として我々を振り切ったのだ。その一時間に、何かあった」
「何か、とは…?」
「それがわからない。しかし、接触を禁じられていた守護者に接触したのは確かだ」
「しかし、証拠はありません」
「そうだ。現行犯でもなければ糾弾もできない。だが、確実に接触したはずなのだ。私の勘はそうそう外れない。そもそも、Rêsに監視をつけること自体が異常。つまり、シウバ様はここで何か起きると危惧しておられたのだ。ならば、私たちはここで確実に接触の証拠を掴み、あの御方の期待にそわねばならない」
「……仰る通りです」
「今私たちは不確かな、判断材料としても物足りない些事を報告するのではなく、もっと決定的な情報を証拠と共に提出する義務がある。わかったら、仕事に戻れ」
「はっ!」
敬礼をして去っていく部下を、いちいち見届けることもしなかった。
私の頭の中にあったのは、ミサ様への懐疑心ばかり。
戦線のナンバースリーでありながら、何故戦線に背くような事をしたのか。
あの方は、シウバ様が危惧していた通り、本当に裏切者なのか?
たった十四年の短い人生の中で、何をしようとしているのか?
そんな事ばかり考えていたから、見逃してしまった。
私に届いたのは、グシャリと、部下の肉と骨の潰れる音と、舞い上がった新鮮な血潮。
「──はっ!?」
振り向いた先で、私の部下はわずか五ミリ程度の厚さまでに圧縮されていた。
まるで強力な重力に踏みつぶされたかのように。
理解もできぬ間に、私の周囲にいた他の十三名の部下も次々に潰れていき、濃厚な血と味噌が闇に溶けていく。
やばい。
やばい。
やばい。
全力で走る。
任務など忘れていた。
とにかくここにいたら死んでしまう。
逃げて
逃げて
逃げて
「───あ」
森を抜けて見上げた夜空に、堕天使が浮いていた。
私を見下ろす目は酷く無作法で、きっと逃げられないのだと理解した。
これが、守護者。
私の存在に奴が気づいている時点で、確信を得られる。
やはり、ミサ様は裏切っていた。
そして、この守護者の絶対的な魔力量。
これは、シウバ様かRês1でなければ相手にすらなるまい。
そんな化け物と、ミサ様が手を組んだとなれば……
これはシウバ様が考えている以上に……戦線は危機に直面しているかもしれない。
あぁ、これからこの化け物と戦う全ての者たちが、せめて安らかに死ねますように。
そう祈らずにはいられなかった。
「重力魔法、<超荷重>」
守護者がつぶやいた瞬間、私の視界と意識は地面に沈んだ。
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