What will be, will be
「うひゃー、がっつり森だなぁ」
現在、俺は青空の下、空に浮いていた。
「ここはシナスタジア雨林と言って、文明とは大陸の中でも最も遠い森です」
同じく空に浮くライアがいつものように俺に説明をする。
振り返ってその姿を見ると、随分と感慨深いものがこみ上げてきた。
人型兵器を倒して、十日(多分)。
あれから俺は二日間ライアの膝枕で眠りこけた後、物音ひとつしなくなってしまった迷宮をゆっくりとのぼり、脱出を試みた。
深層付近は非常に入り組んでおり、ライアにナビをしてもらってもかなりの時間を要する。
それでもまぁ、デートでもするみたいに楽しくはあった。
やはり、実際にとなりに人がいて、会話をしながらというだけで楽しく、俺にとっては深層に落ちるまでの三日よりも早く感じる十日だった。
それでもこうして、ライアが青空の下に出ている。
俺も異世界に来て初めて緑を見ている。
その色彩豊かな様は、まるで男子中学生のお弁当がOLの弁当になったかのような新鮮さ。
つまり、空気が上手いという事だ。
「ふぅぅぅぅぅ……うん。やっぱ久しぶりに吸う自然光は格別だな」
「そうですね。002が空を飛べたのも僥倖です」
俺の自然光を吸ったボケはスルーされたので、下を見る。
鬱然とした森が茂り、霧がかかった雨林はどこまでも続いていた。
もしこれを徒歩で踏破するとなれば、どれほど時間がかかるか。
「ライアが俺の身体を使って教えてくれたおかげだ。しかし、プネウマってのは空も飛べるしエネルギー源にもなるし、便利だな」
「ええ。それを巡って百年戦争が続くほどには便利です」
「ふーん」
歴史は苦手なのでスルーして、俺は上を見上げる。
「なぁ、俺と同じように空を飛んでるって事は、ライアもプネウマを使えるんだよな?」
「はい。左様です」
「なら、もう少し上に行っても大丈夫か」
特段、大きな意味はなかった。
ただ、どうせ空を飛ぶなら、雲の上まで行ってみたいなと。
そんな軽い気持ちで加速し、急速に上昇した。
「あっ!待ってください、002!それ以上は──!」
ライアの制止が遥か下の方で聞こえた刹那。
「ん?えっ!?」
雲を割って、光の柱が落ちてきた。
それは容赦なく俺を垂直に吹き飛ばし、一瞬で元居た迷宮の入り口付近まで落下させた。
轟音と、激甚な爆発。
弾き飛ばされた先で、しばらく俺は放心する。
「なんだ今の……ビーム……?」
なんで空からビームが落ちてきた?
理解できないが、俺の身体を包んだパルスシールドは今の一撃で割れてしまう。
「あっぶねぇ……自動化装置が無かったらヤムチャになってたところだぜ」
突然の奇襲でも守ってくれる自動化装置に命を救われた。
呆然と空を見上げていると、ふわふわとライアが下りてきた。
「無事ですか、002」
「お母さんシールドに守られて、何とかな」
「お母さんシールド…?」
「それより、なんだ今の?」
聞くと、ライアは割れた雲を見上げて答える。
「今のは恐らく、三権調停機構の迎撃システムです。あっ、見てください。『番人』がこちらを見ています」
ライアの視線を辿ると、確かに大きな全身鎧が雲の先から降りてきて、こちらを見下ろしていた。
といっても、あまりに遠く、豆粒程度にしか視認できないが。
「誰だ…あれ?」
「三権調停機構の番人です。TMIは無人の組織で、世界秩序の維持のため三権を守るプログラムされた機構です。番人とは、TMIの中で武力行使を担当する無人の戦闘機ですね」
「…ってことは、あの鎧には人が入ってないんだな?」
「はい、その通りです。この世界において、雲の上は全て天人の領土です。さきほど002は天人の領土を侵したため、TMIの自動迎撃システムに制裁されたのでしょう。私の説明不足でした。申し訳ありません」
「なるほど……空を飛ぶ際には、注意しなくちゃいけないわけね」
いてて、と後頭部をさすりながら立ち上がり、俺は胡乱な眼差しを天空から見下ろす番人へ向けた。
「ところでライア、TMIってのは本当に無人なんだよな?」
「ええ、間違いなくそのはずです」
「じゃあ、あの番人の肩に乗ってる奴はなんだ?」
「え?」
豆粒程度にしか見えなくても、この身体は遥か先まで明瞭に解析し、望遠レンズのように見ることが出来る。
その俺の視界には、大きな鎧の肩に乗っている子供の姿が見えていた。
「………そう、ですね。確かに、人影のようなものが見えます。完全な中立のために、TMIには如何なる知的生命体も属する事は出来ないはずなんですが…」
ライアをして、わからないらしい。
肩口までの黒髪に、幼い顔立ち。そこに嘲笑うような不敵な笑み。
「わからないなら、ぶっ飛ばして聞いてみるしかないか?」
と、俺がローブの懐に手を突っ込むと、慌てたライアが両手を振った。
「だ、駄目です002!TMIは世界最強の軍事組織でもあります!敵対するのは得策ではありません!」
あまりに迫真だったので、渋々懐から無手を出す。
そんな事をしている間に、鎧は雲の上に戻っていってしまった。
「チッ。逃げやがったな」
「恐らく、逃げたわけではないと思いますが…」
ライアの安堵のツッコミを聞きながら、俺はしばらく空を睨んだ。
いきなり地に叩きつけてくれたこの礼を、いつか返そうと心に決めて。




