第80話
セイガもまた、その圧倒的な実力差に参っているひとりだった。
(ああそうだ…あとは大佐なら…決めてくれるだろう)
セイガは特別訓練で大佐とずっと戦っていた、ベルクとも先程まで死闘を繰り広げていた。
そんなセイガだから分かる、このままならば…
大佐が勝つ。
自分はもう、充分に戦った…あとは大佐に任せてもいいのではないか?
そんな風にセイガも思っていた。
『本当に、それでいいのですかぁ?』
傍らにいたミナっちがセイガを覗き込む。
いつもながら、こちらの心の内を見透かしたような言葉だ。
「ミナっち…」
「私はっ、それでもいいと思います!」
ユメカが話に入ってくる、その表情はいつも以上に険しいものだった。
「誰だって、ひとりではダメな時もあるんです、そんな時に人に…大佐さんは竜だけど頼ったり任せたりしても…いいんじゃないでしょうか」
本心では無いのかもしれない、けれどもセイガを思っての言葉であることは明らかだ。
「ユメカ…ありがとう……でも」
『自分でメイちゃんを救うって…決めたんですよね?』
神は真の意味で人を救えない…そう言った筈のミナっちがセイガにそう言った。
それはきっと…
「はい…俺は……まだ戦えます」
ゆっくりと立ち上がる、体の節々が悲鳴を上げている。
こんな状態では何の助力にもならない。
『私も…セイガさんを信じたいです…だから、あなたにひとつ、力を貸したいと思います…うふふ♪』
指を振りながら、楽しそうにミナっちがセイガを上目遣いでみつめる。
それはまるで無垢な少女のような可愛らしさだった。
「それって…え?」
ミナっちの指が、セイガの額に触れる。
その瞬間、セイガの意識は過去へと潜っていった。
(これは…)
そこは闇の中、照らされた泉のようだった。
(この場所は…)
腰までセイガはそこに浸かっている。
いや、正しくはその過去のセイガの姿を見ているのが、今のセイガだった。
(ユメカが生き返った…あの時か)
泉自体が水色の光を仄かに発していて、でも何故か立っているはずなのにその底は見えないし、見渡す先にも何もない。
セイガは水を掬い上げる。
(ここで俺は…はじめて深淵の力を自分の意思で使ったんだ)
感覚が、あの時の自分と共鳴している…
自分の奥底に、おそらく最初からそれはあった。
強く、激しいけれど、見えない、というのに広く存在する力…
(自力で…感じ取るんだ!)
あの時は謎の少女の力で意識できたと思っていた。
でもそれでは…再び使うことなんて…出来ない。
(最後のチャンスなんだ……俺は…深淵に…)
両手を水面にあて、力を全て泉に…
過去のセイガは上手くやっている……
(だったら自分も!)
ふたりのセイガの目の前で、ユメカが復活しようとしている。
(すくう…んだ!!)
共鳴が解かれる、急速に薄れていく意識の中で、セイガは手を伸ばした。
「セイガさん!!」
「セイガっ、大丈夫!?」
セイガが目を開けると、メイとユメカ、ふたりが心配そうに覗き込んでいた。
どうやら自分は倒れていたらしい。
「おいおい、折角の大決戦のさなかに電池切れかよ」
彼方を眺めながらハリュウ、今もなお大佐とベルクの激闘が続いているが…やはり少しずつ大佐が押しているようだった。
「ははは」
『どうでしたかぁ?』
ふわりと、セイガの額をミナっちの細くて白い手が撫でた。
「…はい」
セイガが立ち上がる、そして気付いたのだが今までミナっちが膝枕をしていてくれたようだった。
『一番乗りでしたから~♪』
おそらく意識を失い倒れた際にミナっちが介抱してくれたのだ。
ユメカとメイ、両者から妙な意図の視線を感じたのはそのためなのだろう。
セイガはあちこち破れた服を軽く払う。
念の為、戦闘用の服を着ていて良かった、…これじゃなければもっと酷い有様の筈である。
「行きます」
セイガはそれだけ言うと、かねてより考えていたイメージを…
戦う自分の衣を深淵の力によって纏わせる。
「覚 醒 変 身 !」
黒い…渦巻く海底のような黒い鎧…
体全体をカバーした薄手の鎧はまるで全身を包むスーツのようであり、セイガの体を一回り大きくしたような洗練されたフォルムだった。
「…ヨシ!」
目の前で両拳を握り、鎧の感触を確かめる…
効果は期待以上、強力な防御と、攻撃を兼ねた最適な状態だ。
「うわ、オレの天衣変身のパクリじゃね?」
「う」
確かにハリュウの天衣変身を見て、ちょっと羨ましかったのがイメージを始めたきっかけだったので、否定が出来ない。
「だが…カッコいいから許す!」
ハリュウはグッドサインを送り、ユメカとメイは微笑んでいた。
「それじゃあオレも…天衣変身!」
いつの間にか背後に準備していたウイングからアーマーが射出される。
白い装甲、今までと違い、背中に翼のようなものが付いている。
風林火山に追加された部分も槍の両端に刃を付けたバトンのような武器だ。
「それじゃあ…オレも行くぜ!」
槍をバトンのように器用に回しながらハリュウがベルクを指差す。
セイガは深淵の兜に手をやると、頷く。
「ああ!」
そして、ふたりは熱する火山へと飛翔した。




